Music of Frontier

その日は、それで終わった。

「もう落ち着いたから、帰ります」とルクシーに言ったのだが、ルクシーは帰らせてくれなかった。

朝までうちにいろ、と。

翌日ルクシーに付き添われながら自宅の方に帰ると、示し合わせたようにミヤノ達が集まっていた。



「ルトリーヌ~っ!大丈夫かー!貧血か!?」

「あ…。エル、おはようございます…」

貧血…ではないけども。

貧血の方がまだましではあった。

「もう良いのか?大丈夫なのか」

ミヤノの、この心配そうな表情。

こちらが申し訳なくなってくるほどだ。

「俺に出来ることなら、何でも言ってくれよ。頼むから」

「ありがとうございます…。大丈夫ですよ」

その気持ちだけで充分。

昨日は…随分荒れてたけど、今はもう落ち着いたから。

うだうだ言ったって、俺の足はもうこんなポンコツになったのだから、どうしようもない。

「それと…昨日、お仕事すっぽかしちゃってごめんなさい。ミヤノにも…皆にも、レコーディング会社の方にも迷惑かけて…」

「そっちは大丈夫だ。俺も頭下げておいたから。後日、また日を改めて打ち合わせしようってことでまとまったよ」

「…本当、済みません」

俺が腑抜けていたせいで、ミヤノに下げなくても良い頭を下げさせてしまった。

「謝るなよ。こういうときはお互い様だろ?セカンドアルバムの制作にはまだまだ時間があるし、そんなに焦らなくて良い。それに…謝るならユーリアナに言った方が良い。随分気を揉んでたから」

「…ユーリアナさんが?」

「自分が無茶なスケジュールを組んだせいで、ルトリアが倒れてしまったって…。凄く責任感じてるみたいだったよ。俺達もフォローしたんだけど…。随分落ち込んでた」

…そうだったのか。

ユーリアナさんは何も悪くないのに…。彼女にも、後で謝っておかなくては。

そして、ベーシュさんは。

「もう平気なの?ルトリア」

相変わらず表情に変化は見られないが、かなり心配してくれているのは分かる。

「平気ですよ。心配かけて済みませんでした、ベーシュさん」

「そう…。私、ルトリアの為に元気の出る手作りジュース作ってきたの、飲んで」

えっ。

何なんだ。この意外な展開は。

ベーシュさんは、500ミリリットルのタンブラーを差し出した。

…ベーシュさんの手作りジュースを頂けるとは。

こんなことが世間にバレたら、俺は全国のベーシュさんファンに、タコ殴りにされるだろうな。

「あ、ありがとうございます、ベーシュさん」

「気にしないで」

「ベアトリーヌ、料理苦手とか言ってなかった?大丈夫なのか?」

「大丈夫。果物を搾っただけで、大して難しくないから」

「…美味しいんですか?何味…?」

キムチ味のバナナジュースだよ、とか言われたら、俺はタンブラーを突き返さなければならなくなるのだが。

「そうだな…。オレンジ味かな?」

お手製のオレンジジュースってこと?

それなら安心そう。ってかむしろ、美味しそう。

「良いなぁ、ベアトリーヌの手作りジュースなんておめー、飲みたくても飲めない人もいるんだぞ?感謝して飲めよ」

「はい…ありがとうございます」

「ちょっと飲んでみなよ。今」

えっ、今?

…まぁ、飲んでみるか。

この場で飲んで、感想を言おう。

俺はタンブラーを開け、くぴっと勢いよくジュースを呷った。

途端に、口の中が爽やかな…と言うよりは暴力的な酸味に包まれた。