Music of Frontier

レコーディング、直前。

俺は、かつてないほどに真顔だった。

「…ルトリアがこんな真面目な顔してるの、初めて見た」

これにはミヤノもびっくり。

「こんな真面目な顔になれたんだな、ルトリーヌ…」

「予備校の授業のときはこうじゃないのか?」

「授業のときはヘラヘラしてるよ」

ベーシュさん。そこはせめて、にこやかにしてる、とか言ってくれないかな。

「しかしどうする?このままじゃルトリーヌ、まともに歌えねぇぞ。携帯ショップのpeppers君みたいな声になるぞ」

あの子可愛いよね。携帯ショップに用がなくても話しかけたくなる。

「おーいルトリーヌ~!戻ってこーい!そろそろ出番だぞー!」

「…」

エルーシアに声をかけられたのに、俺は真顔で前を見つめたまま、ぴくりとも動かなかった。

「…駄目だ。緊張し過ぎて変な方向に飛んでるな」

「どうする?このままじゃ『frontier first album~peppers君~ 』になるぞ」

「それは困るね」

「…よし、こうなったら仕方ない」

ルクシーが、とんでもなく手荒い方法を思い付いた。

「ベーシュ、ルトリアの腹をぶん殴れ」

「腹で良いの?」

「あぁ。頭をやると歌詞を忘れる可能性があるからな。ドスッと頼むぞ」

「分かった。任せて」

放心している俺に、ベーシュさんはポキポキと指を鳴らした。

そして。

右の拳を固く握り締め、軽く助走をつけ。

ベーシュさん渾身の右ストレートが、俺の腹部にめり込んだ。

「…ぶごえばぁっ!!」

腹部で発生した凄まじい衝撃に、俺の意識は強制的に現実に戻された。

何?俺、今何された?

何があったの?

「い…い…隕石でも降りました!?」

そうとしか思えない。

俺の腹に隕石が降った。

「おぉ、ルトリーヌが戻ってきたぞ」

「お帰り、ルトリア」

「え?た…ただいま?」

俺が呆けている間に、一体何が?

お腹めちゃくちゃ痛いんだけど、気のせいかな?

すると、ベーシュさんが拳をぷらぷらさせているのが見えた。

「あの…ベーシュさん?」

しかも、何かをやり遂げたかのような顔をして。

「何?」

「えっと…まさかですけど…ベーシュさん、今俺に何かしました?」

「…」

真顔で見つめ合う、俺とベーシュさん。

そこに言葉は要らない。

「さぁ、出番だぞルトリア。そろそろ入るぞ」

「いい感じに緊張もほぐれたろ。さぁやろう」

「あ、はい…」

更に、ベーシュさんもぽん、と俺の肩に手を置いた。

「大丈夫ルトリア。本気でやると内臓潰れると思って、力半分でやったから」

「…何を?」

「…」

え?じゃあさっきの、腹に落ちた隕石って…やっぱり…。

…いや、気のせいだきっと。

そう思おう。