Music of Frontier

考えてみれば。

駅で歌うとなれば、俺はライブハウスで歌うときより遥かに多くの人に声を聴かれるのであって。

同時に、多くの人に顔面を見られるのであって。

従って、「あのボーカル、音痴だな」とか。「あのボーカル、すっごいブッサイクじゃね?」とか。

色々くすくす言われる可能性が増すってことだよね。

それはちょっと…嫌だな。

嫌だけど、もうやると決めたのだから引き下がれない。

こうなったら、お化粧でなんとかカモフラージュするしかない。

いつぞや道で擦れ違った、あのえっちな人のようにはなれずとも。

俺はその日、出掛ける前に姿見の前に陣取って、ヘアアイロン片手に鏡を睨み付けていた。

「おい、ルトリア…。大丈夫か?」

必死の形相で鏡を睨む俺に、見かねたルクシーが声をかけてきた。

「俺は今…とても真剣なんですよ…」

「そりゃ見たら分かるけど…。何にそんなに必死になってるんだ?」

「髪ですよ髪!髪整えないといけないでしょ?人間の見た目は顔と髪型と服装ですよ。顔は一度崩壊したらもうどうにも出来ませんが、服装はルクシーとミヤノに選んでもらったから良いとして、あとは髪をちゃんと整えないと…」

「…」

一本でもアホ毛が立ってたら、『frontier』のボーカルはアホ毛、ってTwittersに出回るぞ。

俺のあだ名は、一生「アホ毛」だ。

それだけは絶対回避しなくては。

それなのに、慣れていないせいか、なかなかヘアアイロンを上手く使えない。

「ぬぁぁぁ…!左はちゃんと真っ直ぐになったのに、右がぁ…!右が跳ねてる!このままじゃ俺のあだ名が、『左右非対称』になってしまう!」

「落ち着けルトリア。大丈夫だそのくらい。ステージじゃ目立たないから」

目立たない、だって?

ルクシーは分かってないのだ。俺はステージの上で、一番目立つポジションに置かれているのだということを。

そりゃ後ろがイケメンと美女だから、自然と視線は後ろに向くだろうけど。

それだけに、俺は人々にじろじろ見られるに決まってるのだ。

「あのボーカル、一番不細工なのに何でボーカルやってんの?」と。

おまけに「左右非対称」なんて不名誉なあだ名がついたら、俺の尊厳は地に落ちてしまう。

そんなの嫌だ。

「髪の毛は良いから、そろそろ行くぞ。時間だ」

「ちょ、待ってください。まだ髪が…!」

「髪くらい気にするな。いざとなったら縛れ」

がしっ、とルクシーに肩を掴まれ、ずるずる引き摺られる。

「まだ非対称なのに~っ!」

「非対称な方が良いだろ。皆に顔を覚えてもらえるぞ」

「嫌な覚え方!」

「落ち着けって。お前、さては緊張してるな…?」

ルクシーに強引に連れ出され。

俺達は、集合場所に向かうことになった。