…何だろう。
皆、さっきから…妙に…。
「…」
ホワイトボードに板書しながら、ちらっ、と後ろを振り返る。
すると女の子達は、さっと顔を背け、笑いを堪えるように俯いた。
…何だ、この子達は。
さっきから、半笑いみたいな顔で授業受けて。
真面目に授業してるんだぞ、俺は。
「…えー…。じゃあ次、第三パラグラフですが…。まず冒頭から…。…あっ」
説明しながら、ホワイトボードに例文を写そうとしたのだが。
運悪く、ペンがインク切れを起こし、掠れて書けなくなってしまった。
「あぁ~もう…。…で、この冒頭の訳は…。…あっ、これも」
別のペンに持ち替えて書き始めたが、そっちもインク切れで書けない。
インク切ればっかり。嫌がらせか。
すると生徒達は、もう堪えきれない、という風にぷっ、と噴き出していた。
「…何笑ってるんですか、あなた達。さっきから!」
半笑いで授業受けてるの、見えてるんだからな?
「投げますよチョークを。あっ…チョークじゃなくてペンですけど」
「ぷっ、ふふふ…」
ますます笑ってやがる。
「あなた達、何がおかしいんですか。箸が転んでもおかしいんですか!?」
「だ、だって先生…。ふふふっ」
また笑ってる!
何だ。何に笑ってんだ。俺の顔面か?
見ただけで笑いが込み上げる顔面をしてると言うのか?
「何がおかしいんですか。はっきり言ってください」
「だって…先生、ビシバシ行きますよ、って言う割には…全然ビシバシしてないな、って」
「…」
…何処がだよ。
「めちゃくちゃビシバシしてるじゃないですか…」
「でも先生、全然怒らないでしょう?」
「え?」
怒らない?俺が?
いや、俺はビシッと言ってるじゃないか。
「問題が分からなくても少しも怒らないし、課題忘れましたって言っても仕方ないですね、で済ませてますし…。忘れ物もあっさり許してましたし」
「…」
「先生、ビシバシしてるつもりなのに全然出来てないから…それがおかしくて…。ふふっ」
「…」
…俺、怒ってなかった?
よく考えたら…確かに怒ってないかも。
「先生、きっと怒るの向いてないんですよ」
向いてないだと?そんなことはない。
俺ほど怒ると怖い先生はいないぞ。…多分。
「…そんなこと言われても…。それは…いや、でも怒りますよ。俺が怒れないと思ったら大きな間違いですよ」
「そうなんですか?じゃあちょっと怒ってみてください」
怒ってみてくださいって言われて怒れる人がいるのか?
しかし、ここはスパルタ教師としての威厳を見せるとき。
「良いでしょう。じゃあ怒りますからね。びびって泣いても知りませんよ」
「はい、お願いします」
よし。ビシッと言ってやるぞ。
「…こらっ!」
「…」
「…」
「…」
「…あれ…?」
ビシッと…ビシッと言ったんだけど。
皆、何でそんなポカーン顔でこちらを見つめていらっしゃる?
「…先生、それだけですか?」
「それだけって…?え?怒ったでしょ…?」
「こらっ!って言うのが先生の怒り方なんですか」
「えぇ…?そうでしょ…?普通は…」
他に、何て言って怒るの?
めっ!の方が良かった感じ?
しばし無言で見つめ合う、教師と生徒。
次の瞬間、クラス中が堰を切ったように笑い出した。
え?ちょ、は?
何で皆さん大爆笑?
ちょ、よそのクラスに聞こえるからやめて。
「ちょっとあなた達、何がおかしいんですか!?」
「な、何がって、先生。こらって。こらって…今時こらって…」
堪えきれない、という風にお腹を抱えて笑う女の子達。
こ、こらっ、が駄目なら他に何て怒れば良いの…?


