Music of Frontier

──────その日から、早速俺は、歩く為のリハビリを始めた。

当然ながら、簡単ではなかった。

今まで長い間ベッドの上で過ごし、移動も車椅子だけだった俺には、自分の力だけで移動するという、当たり前のことが酷く困難になっていた。

歩くどころか、まず自分の足で立ち上がることすら出来なかった。

リハビリを始めてから、俺は、「立ち方」や「歩き方」について考えるようになった。

聞かれて、容易に答えられる人はなかなかいないだろう。

魚は誰かに泳ぎ方を教わったりはしないし、鳥は誰かに飛び方を習ったりはしない。

それと同じ。町を歩いている人を捕まえて、「あなた、今歩いてますけど、どうやって歩いてるんですか?」と聞いてみれば良い。

間違いなく、「何言ってんだコイツ?」と思われるから。

歩くとか、息をするとか、手を動かすとか。普段、無意識にやっていることは、一度やり方を忘れると、再び習得するのは困難を極める。

だって無意識にやってることなんだから、やり方なんて分かるもんか。

いや、理屈では分かってるのだ。まず右足を出して、次に左足を出せば歩ける。

でも、頭で思ってるように身体が動いてくれない。

右足を出そうにも、その右足を出す方法が分からないのだ。

そもそも、立てないし。

歩き方より、立ち方の方がずっと難しい。

誰だって、立ってるときに、「あれ?私、今どうやって立ってるんだろう?」なんて思う人がいるか?

皆当たり前のように立って、歩いてるけど、実は物凄く難しい技術なんだなぁと思った。

おまけに、俺の体力の貧弱なこと。

これのせいで、リハビリはなかなか進まなかった。

二年近くにもなる入院生活の為、俺の体力は小鳥のように貧弱になっていた。

リハビリを頑張ろうと思うのに、体力が追い付かない。

ちょっとやっただけで、ぐったりと疲れてしまう。

二年前は、10㎞以上ランニングしてもピンピンしていたというのに。

今となっては、走るどころか歩けないし立てないし、10分くらい手摺を掴んでひぃひぃやってたら、全力疾走した後のように疲れ果ててしまう。

ついつい力で立とうとするものだから、変なところに力が入ってあちこち痛くなるし。

それに、リハビリ担当の先生は、俺にあんまりリハビリをさせてくれなかった。

別に意地悪ではなく、今はまだ体力が戻りきっていないのだから、無理をしてはいけない、とのこと。

立つとか歩くの前に、まずは体力を戻すのが先決、と。

それもそうだ。今まではちっとも気づかなかったが、今の俺の足は、ゴボウのように細くて、弱々しく、頼りなかった。

ルクシーが回し蹴りしたら、ぽっきりと折れてしまうんじゃないかってくらいに。

こんな足で立ったり歩いたりしようというのだから、確かに無謀。

先生の言うことも分かるけど、一日一時間にも満たないリハビリでは、ちっとも進歩がない。

進歩がないと、俺が焦るのも道理というものだろう。