Music of Frontier

「やぁ、おはようルトリア君。早起きだねぇ」

「…エインリー先生…。おはようございます」

「うんうん、おはよう」

俺が挨拶を返すと、エインリー先生は嬉しそうに頷いた。

今までは、挨拶しようが何しようが無反応だったから、俺が反応するのが嬉しいらしい。

…そういえば俺、今までずっと、エインリー先生が話しかけてきたとき、無視してたんだよな。

話しかけられたことなんて、全然覚えてないけど…。

あの、愛のこもったルクシーからの手紙をもらった日以来だ。

俺が、正気を取り戻したのは。

あれ以来、俺は徐々に回復の兆しを見せている。

挨拶が返せるようになったのだから、それだけでも立派な進歩である。

自分でもそう思うくらいなのだから、傍でずっと見ていたエインリー先生の喜びもひとしおということなのだろう。

「昨日はよく眠れたかな?」

「…そこそこ、ってところです」

日付が変わる頃には眠ることが出来た。…薬に頼ってようやく、だが。

それでもちゃんと夜に眠れたのだから進歩だ。これまでは薬を飲もうが何をしようが、ろくに眠れていなかった。

いや…まぁ、身体が眠れなかったってだけで、中身はずっと眠っていたようなものだが。

「そっか。じゃあ…もう少し弱い薬に変えてみようか」

「はい…」

「それから、あとは食事ね。ちゃんと食べないと駄目だよ」

「…」

それは…素直に「はい」とは言えなかった。

眠ることは出来るようになってきたものの、相変わらず食べることは苦手で。

出された食事の半分どころか、三分の一も食べられないことさえあった。

折角持ってきてくれたのに、ほとんど手付かずで突き返すのは申し訳ないし、食べ物が勿体なかったが。

こればかりは、どうしても駄目だった。

エインリー先生は、無理はしなくて良い、と言ってくれるが…。

ちゃんと食事が出来るようになるのは、まだまだ先になりそうだ。

すると、エインリー先生が。

「あ、そうだ。昨日持ってきた、ルクシー君からのお手紙は読んだ?」

「はい」

俺はこくり、と頷いた。

ルクシーからの、手紙。

あの日以来、ルクシーは度々手紙を書いてはエインリー先生に預けてくれる。

少しずつ回復してきたものの、まだ面会許可には至らない俺の為に。

最初は小さいメモ用紙が便箋代わりだったけど、最近では原稿用紙一枚ぶんくらいの文章量を書いてくれる。

俺が集中して読める限界が、それくらいなのだ。

そして、入院生活が長くなってきた俺の、唯一の楽しみでもある。

最初の頃は、励ましとか慰めの言葉が多かったが。

昨日のお手紙には、「飯をちゃんと食え」とか、「忘れずに薬飲め」とか、若干説教じみたことが書いてあった。

ルクシーからのお手紙は何でも嬉しいから構わない。

でも、やっぱりそういうこと書かれると、ちょっと耳が痛かった。

「そっか…。じゃ、短くても良いから返事を書いてあげてね。ルクシー君に届けるから」

「はい…お願いします」

そして最近の俺は、ルクシーからの手紙を一方通行にするのではなく、俺からも返事を書くようにしていた。

この返事を書く作業は、俺にとってはとても大変な、大仕事であった。