駅の改札を出て、私は自然と地元の商店街へと足を向けていた。
ここは下町の有名な観光地の一角にあるけれど、観光客で賑わう通りから少し外れたこのエリアは、昔ながらの住人たちの生活が息づく場所。アーケードの下には、八百屋や豆腐屋、古い靴屋なんかが軒を連ねていて変わらない風景に、思わず心が緩む。
商店街を抜けると、小さな駄菓子屋兼もんじゃ屋が現れた。外観はくたびれているけれど、どこかほっとするたたずまい。その暖簾の前で一瞬立ち止まり、気づけば吸い込まれるように中へと入っていた。
「おばちゃん、こんにちは!」
奥からパタパタと出てきたのは、元気いっぱいの女将さん。母さまの幼なじみで、若い頃は“商店街の看板娘”として有名だったらしい。
「あら、あら、圭衣ちゃん。いらっしゃい!」
彼女の笑顔に、思わずこちらも頬が緩む。
「焼きそば、三人前。お持ち帰りでお願い」
注文を伝えると、私は鉄板テーブルの丸椅子に腰掛けた。鉄板の上では、お客さんのもんじゃがジュウジュウと音を立てている。店内を見渡せば、昭和のポスターに混じって、色あせたラムネの看板、ガラス瓶に詰まった駄菓子……、懐かしい風景ばかり。
小さい頃から、私はこの店の常連だった。
おじいちゃまの午後の休憩時間になると、よく手を引かれてここへ来た。日本に戻ってきてからも、帰省のたびに立ち寄る場所。ここに来ると、不思議と心が和らぐ。まるで、優しく包み込んでくれるような場所だった。
あの小学生の頃の出来事。学校でつらいことがあって、俯きながら歩いていた私を、おばちゃんが店先から見つけて、声をかけてくれた。
「圭衣ちゃん、ちょっと寄ってきな」
そう言って、理由なんて聞かずに“子供もんじゃ”を出してくれた。甘じょっぱくて、ちょっと焦げた香りがしたその味に、私は泣きそうになるのをこらえながら、ひと口ずつゆっくり食べたっけ。
翔吾と別れた直後にも、ここに来た。誰にも言えず、ひとりで──あの、思い出したくもない夜に。
今思えば、彼と別れて正解だった。あの頃の私はまだ、彼に期待していたのかもしれない。でも、気づいてしまった。翔吾は私の実力や努力ではなく、肩書きや家の背景ばかりを見ていたということに。
副社長という肩書き。私の隣にいることで得られる“何か”を、彼は当然のように手に入れられると思っていた。けれど、葉子が副社長になると決まったあの日、彼は見苦しい行動に出た。
あれは、愛なんかじゃなかった。ただの欲望と見栄と、幼稚なプライドのぶつかり合い。
だからこそ、この場所だけは誰にも教えなかった。紫道にも、翔吾にも──誰一人として。この店は、私の中で聖域だったから。
……、ただ、一人だけ。唯一、一緒に来た人がいる。
彼に初めて『一緒にご飯を食べませんか』と誘われたとき、私はどうしてか迷うことなく、この場所を選んだ。
そう、彼──大和を。
ここは下町の有名な観光地の一角にあるけれど、観光客で賑わう通りから少し外れたこのエリアは、昔ながらの住人たちの生活が息づく場所。アーケードの下には、八百屋や豆腐屋、古い靴屋なんかが軒を連ねていて変わらない風景に、思わず心が緩む。
商店街を抜けると、小さな駄菓子屋兼もんじゃ屋が現れた。外観はくたびれているけれど、どこかほっとするたたずまい。その暖簾の前で一瞬立ち止まり、気づけば吸い込まれるように中へと入っていた。
「おばちゃん、こんにちは!」
奥からパタパタと出てきたのは、元気いっぱいの女将さん。母さまの幼なじみで、若い頃は“商店街の看板娘”として有名だったらしい。
「あら、あら、圭衣ちゃん。いらっしゃい!」
彼女の笑顔に、思わずこちらも頬が緩む。
「焼きそば、三人前。お持ち帰りでお願い」
注文を伝えると、私は鉄板テーブルの丸椅子に腰掛けた。鉄板の上では、お客さんのもんじゃがジュウジュウと音を立てている。店内を見渡せば、昭和のポスターに混じって、色あせたラムネの看板、ガラス瓶に詰まった駄菓子……、懐かしい風景ばかり。
小さい頃から、私はこの店の常連だった。
おじいちゃまの午後の休憩時間になると、よく手を引かれてここへ来た。日本に戻ってきてからも、帰省のたびに立ち寄る場所。ここに来ると、不思議と心が和らぐ。まるで、優しく包み込んでくれるような場所だった。
あの小学生の頃の出来事。学校でつらいことがあって、俯きながら歩いていた私を、おばちゃんが店先から見つけて、声をかけてくれた。
「圭衣ちゃん、ちょっと寄ってきな」
そう言って、理由なんて聞かずに“子供もんじゃ”を出してくれた。甘じょっぱくて、ちょっと焦げた香りがしたその味に、私は泣きそうになるのをこらえながら、ひと口ずつゆっくり食べたっけ。
翔吾と別れた直後にも、ここに来た。誰にも言えず、ひとりで──あの、思い出したくもない夜に。
今思えば、彼と別れて正解だった。あの頃の私はまだ、彼に期待していたのかもしれない。でも、気づいてしまった。翔吾は私の実力や努力ではなく、肩書きや家の背景ばかりを見ていたということに。
副社長という肩書き。私の隣にいることで得られる“何か”を、彼は当然のように手に入れられると思っていた。けれど、葉子が副社長になると決まったあの日、彼は見苦しい行動に出た。
あれは、愛なんかじゃなかった。ただの欲望と見栄と、幼稚なプライドのぶつかり合い。
だからこそ、この場所だけは誰にも教えなかった。紫道にも、翔吾にも──誰一人として。この店は、私の中で聖域だったから。
……、ただ、一人だけ。唯一、一緒に来た人がいる。
彼に初めて『一緒にご飯を食べませんか』と誘われたとき、私はどうしてか迷うことなく、この場所を選んだ。
そう、彼──大和を。



