僕の住むマンションの十階には、慶智の王子たちとその家族だけが利用できる、いわば秘密の隠れ家──『バーVIP』がある。
ミッドタウンの夜景を一望できるこの場所は、まるで幻想的な異世界に迷い込んだかのような錯覚を与えてくれる。だが今夜は、その美しさすら胸に痛い。誰の姿もない貸切状態が、むしろありがたかった。
夜景を見下ろせる特等席に身を沈める。ウイスキーのグラスを持つ手が、少し震えていた。もう何杯目か分からない。
普段は断然ビール派の僕だが、今夜はどうしても、酔ってしまいたかった。空きっ腹に染みるアルコールは、胃ではなく心を焼いていく。まるで後悔という名の炎を、自らのどに流し込んでいるようだった。
ふと隣の椅子に置いた段ボール箱に視線を落とす。中には、彼女の部屋から持ち帰った僕の私物たちが無造作に詰め込まれている。
結局、仕事部屋に籠った圭衣ちゃんとは一言も会話を交わせず、僕は合鍵とメモをテーブルの上に残して、そのまま部屋を後にした。
……、どうやって運転して帰ってきたのかすら、記憶があいまいだ。
けれど、無事にここへたどり着けたのだから、よしとすべきなのだろうか。いや、本音を言えば──何かあった方がよかったのかもしれない。
そうすれば、こんなウイスキーを飲みながら「失った現実」に向き合わなくてもよかった。
ウイスキーをおかわりしようとしたそのとき、テーブルに置かれたのは、水の入ったグラスだった。
「これを飲んでおけ」
静かに響いた声に顔を上げると、目の前には雅がいた。
普段はこの時間、美愛ちゃんと過ごしているはずの彼が、どうしてここに──?
不思議に思っていると、まるで心を読んだかのように雅が口を開いた。
「バーテンさんから連絡があったんだ。お前が、1人で危ない飲み方をしてるって、俺と仁に」
そう言って、雅は僕の隣に置かれた段ボールに視線を落とした。
「それに、美愛ちゃんのスマホにメッセージの着信があった。すぐに自室に籠って……。お前と圭衣ちゃんの間で、何かあったんだなって思った」
──さすが雅、勘がいい。いや、きっとそれは「気づく力」だ。
あいつは、ちゃんと見ている。僕のことも、大切な人たちのことも。
そのときようやく、胸の奥にあるものがじわじわと溶け始めるのを感じた。
……、けれど遅すぎたかもしれない。
僕は、自分で壊してしまったものの大きさに、まだ向き合いきれていなかった。
ミッドタウンの夜景を一望できるこの場所は、まるで幻想的な異世界に迷い込んだかのような錯覚を与えてくれる。だが今夜は、その美しさすら胸に痛い。誰の姿もない貸切状態が、むしろありがたかった。
夜景を見下ろせる特等席に身を沈める。ウイスキーのグラスを持つ手が、少し震えていた。もう何杯目か分からない。
普段は断然ビール派の僕だが、今夜はどうしても、酔ってしまいたかった。空きっ腹に染みるアルコールは、胃ではなく心を焼いていく。まるで後悔という名の炎を、自らのどに流し込んでいるようだった。
ふと隣の椅子に置いた段ボール箱に視線を落とす。中には、彼女の部屋から持ち帰った僕の私物たちが無造作に詰め込まれている。
結局、仕事部屋に籠った圭衣ちゃんとは一言も会話を交わせず、僕は合鍵とメモをテーブルの上に残して、そのまま部屋を後にした。
……、どうやって運転して帰ってきたのかすら、記憶があいまいだ。
けれど、無事にここへたどり着けたのだから、よしとすべきなのだろうか。いや、本音を言えば──何かあった方がよかったのかもしれない。
そうすれば、こんなウイスキーを飲みながら「失った現実」に向き合わなくてもよかった。
ウイスキーをおかわりしようとしたそのとき、テーブルに置かれたのは、水の入ったグラスだった。
「これを飲んでおけ」
静かに響いた声に顔を上げると、目の前には雅がいた。
普段はこの時間、美愛ちゃんと過ごしているはずの彼が、どうしてここに──?
不思議に思っていると、まるで心を読んだかのように雅が口を開いた。
「バーテンさんから連絡があったんだ。お前が、1人で危ない飲み方をしてるって、俺と仁に」
そう言って、雅は僕の隣に置かれた段ボールに視線を落とした。
「それに、美愛ちゃんのスマホにメッセージの着信があった。すぐに自室に籠って……。お前と圭衣ちゃんの間で、何かあったんだなって思った」
──さすが雅、勘がいい。いや、きっとそれは「気づく力」だ。
あいつは、ちゃんと見ている。僕のことも、大切な人たちのことも。
そのときようやく、胸の奥にあるものがじわじわと溶け始めるのを感じた。
……、けれど遅すぎたかもしれない。
僕は、自分で壊してしまったものの大きさに、まだ向き合いきれていなかった。



