その週末、本当は行かなくてもよかったのに──
私は銀座のカフェに、キラリの偵察に向かっていた。もう彼女のことを調べる理由なんて、どこにもない。なのに、私の足は自然と、彼女がよく通うというその喫茶店へ向かっていた。
(今さら、私は何をしてるんだろう?)
彼女と大和が付き合っていようがいまいが、もう私には関係ない。……、そう、思っていたはずだった。
実際に目にした彼女は、私が想像していた人物とはまるで違っていて──
そのギャップに、私は困惑していた。
カフェパリス。銀座の街並みに溶け込む、二階建ての老舗喫茶店。1階はカウンターと小さなテーブル席、2階にはソファー席と四人掛けのテーブル。テーブルとテーブルの間は狭く、赤いクッションの椅子と白いクロスが敷かれたクラシックな店内には、モーツァルトの音楽が静かに流れている。
事前の調べでは、キラリはお昼過ぎに来て、2時間ほどここで過ごすらしい。ほぼ同じ時間に店に到着した私は、運良く彼女の斜め前の席に案内された。
先に座っていた彼女はまだメニューを開いていた。私はサンドイッチとブレンドを注文し、小さなスケッチブックを取り出して、彼女を直接見ないよう気をつけながら視線をちらつかせる。
──1時間半が経った。
キラリは、ただ静かに本を読み、ナポリタンを食べていた。目立つ行動は一切なく、店員に注文する声も控えめで、あのキンキン声とは別人のよう。SNSで見た派手な印象とはまるで違っていた。
そろそろ帰ろう。
そう思って立ち上がり、彼女の席のそばを通ろうとした──その瞬間。
私のバッグが彼女の手に触れてしまい、テーブルのコップが倒れ、水がこぼれた。
「あっ……! す、すみません。私の不注意です」
すぐに取り出したばかりのハンカチで、慌てて彼女の服を拭く。クリーニング代をテーブルに置こうとする私に、彼女はやんわりと断った。
「大丈夫ですよ、お気になさらず。それも必要ありません」
「……、では、せめて、ここのお代だけでも私が」
押し問答の末、彼女はようやく微笑んで頷いた。
「それでは、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
店を出て、帰宅後。
私はソファに身を投げ出し、天井を見つめたまま、カフェでの出来事を思い返す。
あの女性は──本当に、キラリだったのだろうか?
どこにでもいるような、普通の女性。
私のことも知らないようだった。そして彼女は、高圧的でもなければ、傲慢さの欠片もなかった。
……、じゃあ、私がこれまで感じていた不安や、嫉妬や、疑念って、何だったの?
キラリが誰とどうなろうと、もう関係ない。
たとえ彼女と大和が一緒になったとしても──それでも。
私は、大和との大切な時間を削ってまで、何を得たかったのだろう。
選択を間違えた──
そんな思いが、ただ静かに胸に広がっていく。
私は銀座のカフェに、キラリの偵察に向かっていた。もう彼女のことを調べる理由なんて、どこにもない。なのに、私の足は自然と、彼女がよく通うというその喫茶店へ向かっていた。
(今さら、私は何をしてるんだろう?)
彼女と大和が付き合っていようがいまいが、もう私には関係ない。……、そう、思っていたはずだった。
実際に目にした彼女は、私が想像していた人物とはまるで違っていて──
そのギャップに、私は困惑していた。
カフェパリス。銀座の街並みに溶け込む、二階建ての老舗喫茶店。1階はカウンターと小さなテーブル席、2階にはソファー席と四人掛けのテーブル。テーブルとテーブルの間は狭く、赤いクッションの椅子と白いクロスが敷かれたクラシックな店内には、モーツァルトの音楽が静かに流れている。
事前の調べでは、キラリはお昼過ぎに来て、2時間ほどここで過ごすらしい。ほぼ同じ時間に店に到着した私は、運良く彼女の斜め前の席に案内された。
先に座っていた彼女はまだメニューを開いていた。私はサンドイッチとブレンドを注文し、小さなスケッチブックを取り出して、彼女を直接見ないよう気をつけながら視線をちらつかせる。
──1時間半が経った。
キラリは、ただ静かに本を読み、ナポリタンを食べていた。目立つ行動は一切なく、店員に注文する声も控えめで、あのキンキン声とは別人のよう。SNSで見た派手な印象とはまるで違っていた。
そろそろ帰ろう。
そう思って立ち上がり、彼女の席のそばを通ろうとした──その瞬間。
私のバッグが彼女の手に触れてしまい、テーブルのコップが倒れ、水がこぼれた。
「あっ……! す、すみません。私の不注意です」
すぐに取り出したばかりのハンカチで、慌てて彼女の服を拭く。クリーニング代をテーブルに置こうとする私に、彼女はやんわりと断った。
「大丈夫ですよ、お気になさらず。それも必要ありません」
「……、では、せめて、ここのお代だけでも私が」
押し問答の末、彼女はようやく微笑んで頷いた。
「それでは、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
店を出て、帰宅後。
私はソファに身を投げ出し、天井を見つめたまま、カフェでの出来事を思い返す。
あの女性は──本当に、キラリだったのだろうか?
どこにでもいるような、普通の女性。
私のことも知らないようだった。そして彼女は、高圧的でもなければ、傲慢さの欠片もなかった。
……、じゃあ、私がこれまで感じていた不安や、嫉妬や、疑念って、何だったの?
キラリが誰とどうなろうと、もう関係ない。
たとえ彼女と大和が一緒になったとしても──それでも。
私は、大和との大切な時間を削ってまで、何を得たかったのだろう。
選択を間違えた──
そんな思いが、ただ静かに胸に広がっていく。



