婿入り希望の御曹司様とCool Beautyな彼女の結婚攻防戦〜長女圭衣の誰にも言えない3つの秘密〜花村三姉妹 圭衣と大和の物語

結婚式は挙げないことに決めた。私も大和も、それに特別な意味を見出すタイプではなかった。その分の資金は、古民家の購入と改装にあてることにした。

 
婚姻届は、ご挨拶がすべて済んだ翌日、2人で区役所へ提出した。そして、悩ましかったのが、どちらの姓を名乗るかという問題。

 
私は花村家と絶縁していたし、あの名字に対して未練はなかった。むしろ、母と同じ姓を名乗ることに抵抗があり、いっそ烏丸を名乗ろうと思っていた。

 
けれど、大和は『自分が花村姓に入る』と、はっきりと言ってくれた。

 
『両親とも縁を切っているから、その必要はない』と何度も説明した。仕事に影響が出るのではないかとも懸念した。けれど、大和の意志は揺るがなかった。

 
「僕は花村の姓を残したいんだ。圭衣ちゃんのご両親のためじゃないよ。君が大好きだった、おじいさんへの敬意を込めて、僕にも花村を名乗らせてほしい。烏丸には悠士兄ちゃんもいるから、うちは心配いらないよ」

 
ああ、そうか。私はずっと、母の支配から逃れるために、花村という姓を拒んできた。
でも、大和の言葉に触れたとき、大好きだったおじいちゃまの存在が心に浮かび、初めて、この姓を『愛おしい』と思えた。

 
この人は、どうしてこんなにも……、私の心を、優しく掬い取るのがうまいのだろう。

 
彼のさりげない気遣いと優しさに、改めて、『彼と結婚して本当に良かった』と、心の底から思った。


こうして、私たちは晴れて花村大和と花村圭衣になった。

 
その足で、おじいちゃまのお墓へ報告に行ったことは、言うまでもない。





縁側のボディーピローから身体を起こし、キッチンで手を洗う。ご飯は炊飯器にセット済み、味噌汁も昼寝前に仕込んである。

 
大和に負担をかけないように、私にできることはしたい。……、とはいえ、料理を始めたばかりの今の私に、自信があるのはこの程度。味噌汁も、市販のだしパックを使った手軽なものだ。

 
壁にかかっているエプロンをつけていると、
部屋着に着替えた大和も、色違いのエプロンを身につけてキッチンへやって来た。

 
「今夜は唐揚げだよ。昨日から仕込んでおいたんだ」

「ご飯とお味噌汁はできてるよ。……、他に、何か手伝えることあるかな?」

「ありがとう、圭衣ちゃん。助かるよ。じゃあ、サラダのレタス、洗ってちぎってくれる?」

 
私はレタスを洗いながら、ちぎった葉をボウルへ入れていく。少し離れたところで、大和は唐揚げを上手に揚げながら、ドレッシングの準備をしていた。

 
ふと、シンク上の窓から見えた空に目が留まる。茜色に染まった、優しくて、どこか懐かしい空。その美しさに、胸がいっぱいになった。

 
この、なんでもない日常。
当たり前のように思える光景。
でも私は──それが当たり前でないことを、誰よりも知っている。

 
美しい夕焼けを、こうして、愛する人と一緒に見られること。

 
一緒に料理をして、笑い合えること。

 
これが──きっと、幸せっていうものなのだろう。

 
唐揚げを揚げる彼の背中を見つめながら、
私はそっと、つぶやくように言った。

 

「……、本当の私を知ってくれて、
それでも、そんな私を受け入れてくれてありがとう。大和……、愛してる」



THE END

 

*本作はフィクションです。登場する名称・団体・商品などは架空であり、実在のものとは関係ありません。