大和のマンションに戻り、まずは腹ごしらえ。彼が作ってくれたのは、卵と長ネギだけのシンプルなチャーハンと中華風コーンスープ。久しぶりに彼と並んで食べる、彼の手料理。スプーンを口に運ぶたびに、懐かしく優しい味が口いっぱいに広がる。
あっ、この味……、ちゃんと“大和の味”がする。
別れてからというもの、いくつもの問題が押し寄せ、すっかり食欲をなくしていた私。体重も急激に落ち、何を食べても味がしなくなっていた。昨日、おばちゃんと食べた大好きなもんじゃでさえ、味を感じなかったほどだった。
それなのに今は……、こんなにも食べたいと思える。でも、こみあげるものが止められない。スプーンを持つ手が震え、視界が滲んでいく。
それに気づいた大和が、そっとスプーンを置いた。静かに私の隣に歩み寄ってきて、テーブル越しに手を差し伸べる。そして、そっとその手を握ってくれた。
私は彼に導かれるように立ち上がり、そのままリビングのソファへ。2人並んで腰を下ろした途端、これまで押し殺していた感情が、一気に溢れ出した。
初めてだった。大和の前で、子供みたいに声を上げて泣くなんて。
好きなものを『好き』と言えない苦しさ。
いくら努力しても、認めてもらえない悲しさ。大切なものを守るために、大切な人を手放さなければならなかった、あの痛み。
すべてが押し寄せて、私の中の堤防が崩れた。
そんな私を、大和は何も言わずに胸へ抱き寄せた。温もりと、シトラスとウッディが混ざった彼の香りに包まれながら、ようやく呼吸が落ち着いていく。
「……、ごめんなさい。取り乱しちゃって。
大和、話したいことがあるんだけれど」
「大丈夫? 無理しなくていいよ。僕はいつでも聞くから」
「ううん、大丈夫。もう落ち着いたの。どうしても大和に知ってほしいの。花村の両親と、私のこと」
私は、葉子と美愛に話したときと同じように、淡々と語り始めた。
両親が共働きでほとんど家にいなかったこと。祖父や看護師さんたち、そしてご近所の人々に育てられた日々。母が流産してからは、ますます心の距離を感じるようになったこと。
いい子でいれば、振り向いてもらえるかもしれないと信じて努力した。そして美愛が生まれたとき、両親の時間は完全に妹へと向けられた。仕事以外では、彼女のことしか見ていなかった。
葉子が養女として家族になり、私は『いいお姉ちゃま』でいようと決めた。
ふたりは私の宝物だから。
でも、小学生の頃、同級生の男の子に言われた一言が忘れられない。『巨人女が似合わねぇ。気持ち悪りぃー』それがきっかけで、私はフリルの服をやめた。
その日、地元の人たちは私の変化にすぐ気づいてくれた。けれど、家にいた母は私の変化に気づきもしなかった。
大学では、医者になりたくないと言った私を母は責めた。妹たちには、好きな道を自由に選ばせていたのに。同じことをしても、私はいつも叱られた。小言を言われた。
大和との別れは……、ほんの氷山の一角。
これまで積み重なった心の瓦礫が、すべて崩れ落ちた結果だった。
「いつだってそうなの。あの人たちは、私が傷ついても、悲しんでも気づかない。気づいてくれるのは、親以外の人たちばかり。今回のことだって、私が“大名家の後継者と別た“
から怒ってるだけ。私の気持ちなんて、どうでもいいんだよ。だから、昨日決めたの。
戸籍を分籍したの。もう花村家とは関わらない。自分らしく生きていく」
すべてを話し終えた私に、大和は優しく微笑み、大きな手で、そっと私の頭を撫でてくれた。
「圭衣ちゃん……、ずっと、ひとりで我慢して、頑張ってきたんだね」
「私には、もう何もないの。両親の後ろ盾も。会社も、葉子に譲ろうと思ってる。しばらくは無職。それに……、悠士さんのことだけど、大和の大切な家族だってわかってる。
でも正直言って、彼が私や紫道にしたことは、まだ許せない。だから……、さっきのプロポーズは……」
あっ、この味……、ちゃんと“大和の味”がする。
別れてからというもの、いくつもの問題が押し寄せ、すっかり食欲をなくしていた私。体重も急激に落ち、何を食べても味がしなくなっていた。昨日、おばちゃんと食べた大好きなもんじゃでさえ、味を感じなかったほどだった。
それなのに今は……、こんなにも食べたいと思える。でも、こみあげるものが止められない。スプーンを持つ手が震え、視界が滲んでいく。
それに気づいた大和が、そっとスプーンを置いた。静かに私の隣に歩み寄ってきて、テーブル越しに手を差し伸べる。そして、そっとその手を握ってくれた。
私は彼に導かれるように立ち上がり、そのままリビングのソファへ。2人並んで腰を下ろした途端、これまで押し殺していた感情が、一気に溢れ出した。
初めてだった。大和の前で、子供みたいに声を上げて泣くなんて。
好きなものを『好き』と言えない苦しさ。
いくら努力しても、認めてもらえない悲しさ。大切なものを守るために、大切な人を手放さなければならなかった、あの痛み。
すべてが押し寄せて、私の中の堤防が崩れた。
そんな私を、大和は何も言わずに胸へ抱き寄せた。温もりと、シトラスとウッディが混ざった彼の香りに包まれながら、ようやく呼吸が落ち着いていく。
「……、ごめんなさい。取り乱しちゃって。
大和、話したいことがあるんだけれど」
「大丈夫? 無理しなくていいよ。僕はいつでも聞くから」
「ううん、大丈夫。もう落ち着いたの。どうしても大和に知ってほしいの。花村の両親と、私のこと」
私は、葉子と美愛に話したときと同じように、淡々と語り始めた。
両親が共働きでほとんど家にいなかったこと。祖父や看護師さんたち、そしてご近所の人々に育てられた日々。母が流産してからは、ますます心の距離を感じるようになったこと。
いい子でいれば、振り向いてもらえるかもしれないと信じて努力した。そして美愛が生まれたとき、両親の時間は完全に妹へと向けられた。仕事以外では、彼女のことしか見ていなかった。
葉子が養女として家族になり、私は『いいお姉ちゃま』でいようと決めた。
ふたりは私の宝物だから。
でも、小学生の頃、同級生の男の子に言われた一言が忘れられない。『巨人女が似合わねぇ。気持ち悪りぃー』それがきっかけで、私はフリルの服をやめた。
その日、地元の人たちは私の変化にすぐ気づいてくれた。けれど、家にいた母は私の変化に気づきもしなかった。
大学では、医者になりたくないと言った私を母は責めた。妹たちには、好きな道を自由に選ばせていたのに。同じことをしても、私はいつも叱られた。小言を言われた。
大和との別れは……、ほんの氷山の一角。
これまで積み重なった心の瓦礫が、すべて崩れ落ちた結果だった。
「いつだってそうなの。あの人たちは、私が傷ついても、悲しんでも気づかない。気づいてくれるのは、親以外の人たちばかり。今回のことだって、私が“大名家の後継者と別た“
から怒ってるだけ。私の気持ちなんて、どうでもいいんだよ。だから、昨日決めたの。
戸籍を分籍したの。もう花村家とは関わらない。自分らしく生きていく」
すべてを話し終えた私に、大和は優しく微笑み、大きな手で、そっと私の頭を撫でてくれた。
「圭衣ちゃん……、ずっと、ひとりで我慢して、頑張ってきたんだね」
「私には、もう何もないの。両親の後ろ盾も。会社も、葉子に譲ろうと思ってる。しばらくは無職。それに……、悠士さんのことだけど、大和の大切な家族だってわかってる。
でも正直言って、彼が私や紫道にしたことは、まだ許せない。だから……、さっきのプロポーズは……」



