婿入り希望の御曹司様とCool Beautyな彼女の結婚攻防戦〜長女圭衣の誰にも言えない3つの秘密〜花村三姉妹 圭衣と大和の物語

ああ、ボタンが……、押せない。

 
玄関前で立ち尽くしたまま、何度も指先が宙を彷徨う。

 
あんな酷いことを言っておいて、今さら会えるわけがない。会いたくなんて、ないはずなのに。

 
それでも、ここまで来た。

 
でも、やっぱり無理だよ。
このまま帰ってしまおうかな……。

 
肩を落とし、インターフォンに手を伸ばせずに迷っていると、

 
「ガチャ──」

 
突然、ドアが開いた。

 
「……、え?」

 
驚いて固まる私の目の前に現れたのは、彼本人だった。一瞬、彼の表情がハッとこわばったのを、私は見逃さなかった。

 
……、そっちも驚いてるの?
呼んでおいて、その反応って……。

 
こっちのほうが『ゲッ』だわ。そんなに私に会いたくないなら、最初から呼ばなきゃいいのに。

 
「い、いらっしゃい、圭衣ちゃん。下から連絡が来たから……。さあ、上がって」

 

「……、お邪魔します」

 
囁くような小さな声で答えながら、胸の奥に違和感が広がる。

 
この空間に、また足を踏み入れてしまったこと。
自分がインターフォンを押そうとしていたこと。
そして、それが妙に“他人行儀”に感じてしまうことに。

 
だって以前は、当たり前のようにカードキーで勝手に入っていた。この空間は、私たちの“日常”だったのに。

 
今は、もう違う。

 
それでも彼は、以前と何も変わらない態度で私を迎え入れる。

 
「ソファーに座ってて。今、紅茶を入れるから」

 
「……、あっ、お構いなく……」

 「圭衣ちゃんに食べてもらいたいマカロンもあるからさ」

 
彼はそのままキッチンへと向かい、慣れた手つきで紅茶の準備を始めた。その後ろ姿を見ながら、私はソファに腰を下ろす。

 
でも、正直落ち着かない。

 
手持ち無沙汰になって、目線だけが部屋をさまよう。

 
このリビングに、私の私物はなかったはず。
きっと、寝室や洗面所の物も……、全部、処分されたはず。

 
そうしろって言ったのは、私。
自分から彼のもとを離れたのは、私。

 
それなのになぜだろう。今、胸が……、チクリと痛む。

 
そんな自分に気づきたくなくて、さらに視線をずらした先、ふと、テレビ台の上にある写真立てが目に入った。それは、笑顔の彼と、私が並んで写った写真。


去年の夏。ドライブで海に出かけた時、ふざけ合いながら撮った1枚。

 
「……、え?」

 
なぜ……、まだ、あるの?

 
てっきり、もう捨てられたと思っていた。
いや、彼のことだから、忘れているだけかもしれない。

 
でも、それでも。

 
そこに“ある”という事実が、胸を深くえぐる。

 
さっき感じたチクリとは違う。もっと、ずしんと重く、痛い深いところを(えぐ)るような痛み。

 
そして、私は気づいてしまう。

 
まだ、彼を愛している。

 
自分の手で手放してしまったその人の温もりを、その存在の大きさを、いまさらながら思い知る。

 
……、忘れたふりをしていたのは、私の方だったのかもしれない。