ああ、ボタンが……押せない。
玄関前で立ち尽くしたまま、何度も指先が宙を彷徨う。
あんな酷いことを言っておいて、今さら会えるわけがない。会いたくなんて、ないはずなのに。
それでも、ここまで来た。
でも、やっぱり無理だよ。
このまま帰ってしまおうかな……。
肩を落とし、インターフォンに手を伸ばせずに迷っていると、
ガチャ--
突然、ドアが開いた。
「……へっ?」
驚いて固まる私の目の前に現れたのは、彼本人だった。一瞬、彼の表情がハッとこわばったのを、私は見逃さなかった。
そっちも驚いてるの?
呼んでおいて、その反応って……何なのよ。
こっちのほうが『ゲッ』だわ。そんなに私に会いたくないなら、最初から呼ばなきゃいいのに。
「い、いらっしゃい、圭衣ちゃん。下から連絡が来たから。さあ、上がって」
「……お邪魔します」
囁くような小さな声で答えながら、胸の奥に違和感が広がる。
この空間に、また足を踏み入れてしまったこと。
自分がインターフォンを押そうとしていたこと。
そして、それが妙に他人行儀に感じてしまうことに。
だって以前は、当たり前のようにカードキーで勝手に入っていた。この空間は、私たちの日常だったのに。
今は、もう違う。
それでも彼は、以前と何も変わらない態度で私を迎え入れる。
「ソファーに座ってて。今、紅茶を入れるから」
「あっ、お構いなく……」
「圭衣ちゃんに食べてもらいたいマカロンもあるからさ」
彼はそのままキッチンへと向かい、慣れた手つきで紅茶の準備を始めた。その後ろ姿を見ながら、私はソファに腰を下ろす。
でも、正直落ち着かない。
手持ち無沙汰になって、目線だけが部屋をさまよう。
このリビングに、私の私物はなかったはず。
きっと、寝室や洗面所の物も、全部処分されたはず。
そうしろって言ったのは、私。
自分から彼のもとを離れたのは、私。
それなのになぜだろう。今、胸が……チクリと痛む。
そんな自分に気づきたくなくて、さらに視線をずらした先、ふと、テレビ台の上にある写真立てが目に入った。それは、笑顔の彼と、私が並んで写った写真。
去年の夏。ドライブで海に出かけた時、ふざけ合いながら撮った1枚。
「……えっ?」
なぜ……まだ、あるの?
てっきり、もう捨てられたと思っていた。
いや、彼のことだから、忘れているだけかもしれない。
でも、それでも。
そこに『ある』という事実が、胸を深くえぐる。
さっき感じたチクリとは違う。もっと、ずしんと重く、痛い深いところを抉るような痛み。
そして、私は気づいてしまう。
まだ、彼を愛している。
自分の手で手放してしまったその人の温もりを、その存在の大きさを、いまさらながら思い知る。
……忘れたふりをしていたのは、私の方だったのかもしれない。
玄関前で立ち尽くしたまま、何度も指先が宙を彷徨う。
あんな酷いことを言っておいて、今さら会えるわけがない。会いたくなんて、ないはずなのに。
それでも、ここまで来た。
でも、やっぱり無理だよ。
このまま帰ってしまおうかな……。
肩を落とし、インターフォンに手を伸ばせずに迷っていると、
ガチャ--
突然、ドアが開いた。
「……へっ?」
驚いて固まる私の目の前に現れたのは、彼本人だった。一瞬、彼の表情がハッとこわばったのを、私は見逃さなかった。
そっちも驚いてるの?
呼んでおいて、その反応って……何なのよ。
こっちのほうが『ゲッ』だわ。そんなに私に会いたくないなら、最初から呼ばなきゃいいのに。
「い、いらっしゃい、圭衣ちゃん。下から連絡が来たから。さあ、上がって」
「……お邪魔します」
囁くような小さな声で答えながら、胸の奥に違和感が広がる。
この空間に、また足を踏み入れてしまったこと。
自分がインターフォンを押そうとしていたこと。
そして、それが妙に他人行儀に感じてしまうことに。
だって以前は、当たり前のようにカードキーで勝手に入っていた。この空間は、私たちの日常だったのに。
今は、もう違う。
それでも彼は、以前と何も変わらない態度で私を迎え入れる。
「ソファーに座ってて。今、紅茶を入れるから」
「あっ、お構いなく……」
「圭衣ちゃんに食べてもらいたいマカロンもあるからさ」
彼はそのままキッチンへと向かい、慣れた手つきで紅茶の準備を始めた。その後ろ姿を見ながら、私はソファに腰を下ろす。
でも、正直落ち着かない。
手持ち無沙汰になって、目線だけが部屋をさまよう。
このリビングに、私の私物はなかったはず。
きっと、寝室や洗面所の物も、全部処分されたはず。
そうしろって言ったのは、私。
自分から彼のもとを離れたのは、私。
それなのになぜだろう。今、胸が……チクリと痛む。
そんな自分に気づきたくなくて、さらに視線をずらした先、ふと、テレビ台の上にある写真立てが目に入った。それは、笑顔の彼と、私が並んで写った写真。
去年の夏。ドライブで海に出かけた時、ふざけ合いながら撮った1枚。
「……えっ?」
なぜ……まだ、あるの?
てっきり、もう捨てられたと思っていた。
いや、彼のことだから、忘れているだけかもしれない。
でも、それでも。
そこに『ある』という事実が、胸を深くえぐる。
さっき感じたチクリとは違う。もっと、ずしんと重く、痛い深いところを抉るような痛み。
そして、私は気づいてしまう。
まだ、彼を愛している。
自分の手で手放してしまったその人の温もりを、その存在の大きさを、いまさらながら思い知る。
……忘れたふりをしていたのは、私の方だったのかもしれない。



