紫道の地元にある彼の家は、1台分の駐車スペースがついた、ごく普通の2階建て一軒家。その隣には、こぢんまりとした2階建ての工房が建っている。
工房の2階には、バス・トイレと簡易キッチンを備えたスタジオタイプの部屋があり、アメリカから帰国した際に『ここに拠点を持とうと思って買った』と、彼は以前話してくれたことがある。
いつものように、駐車場に車を停め、玄関のチャイムを鳴らす。
すぐに「おう」と返事がして、上下グレーのスウェット姿の紫道が顔を出した。
彼の家の1階には、リビングとキッチン、そしてコンパクトなバスルームとトイレ。2階には寝室と、四畳程度の小さな部屋がふたつある。
どの部屋も生活感があるのに、すっきりと片付いていて、どこか落ち着く空間だ。
余計なものを置かず、家具も最小限。必要なものを、必要なだけ揃えている。そんな暮らし方が、どこか紫道らしい。
リビングのコーヒーテーブルを挟んで、私は座椅子に腰を下ろす。
彼の向かいに座り、途中でテイクアウトしてきた中華の紙袋を広げた。
「今日はエビチリと青椒肉絲ね。あと、胡麻団子もあるよ」
「おう。助かる。朝から飯も食ってねぇ」
そう言いながら、紫道は割り箸を器用に割って、エビチリに手を伸ばす。私もビニール袋からドリンクを取り出し、テーブルに並べた。
食べながら、私は今日の出来事をひとつひとつ話していった。
最初は公園での偶然、次に銀座でまた見かけて、そしてスーパーから自宅マンションの入り口まで尾行されていたこと。
「……、でね、銀座の後、スーパーに寄ったんだけど──」
テイクアウトのエビチリをつつきながら、私は紫道に今日の出来事をぽつぽつと話し始めた。
「そのときも、やっぱり彼女が少し距離を取ってついてきてたの。だから、スマホをビデオモードにして、さりげなく録画しておいたのよ。たぶん、気づかれてないと思う」
紫道が驚いた顔で箸を止める。
「圭衣、大丈夫だったのか?
その女性……、誰か心当たりは?」
「ううん、全然。でも……、普通に考えておかしいでしょ? 尾行してるのに、こんなに簡単にバレるなんて。プロじゃないよ、きっと」
「その動画、俺にも送ってくれないか?」
彼が真剣な顔で言うので、私はスマホを取り出してファイルを送信する。
「でね、マンションに戻ってから……」
そう言いかけて、私は少しだけ声を潜めた。
「地下駐車場から車を出して、ぐるっと角を曲がって、正面入り口の方に行ってみたの。そしたら、彼女──入り口近くの花壇に座ってた。スマホで誰かと話しながら、うちの中をじっと見ててさ……、さすがに、ちょっと気味悪かった」
紫道が送られてきた動画を見ながら、低く唸った。
その間、私はぼんやりと考えてしまっていた。
このままあのマンションに住み続けていて、本当に大丈夫なんだろうか?
ああやって、堂々と尾行してくるような人間がいるってことは、もう完全に『狙われている』と見ていい。
引っ越したい。でも、引っ越せない。
どこの不動産屋に行っても、理由のわからない断り文句ばかり。ようやく紹介してもらったところでも、最終段階で契約がなぜか消える。
もう……、さすがに、諦めかけている。
しかも、今住んでいるマンションの更新も通らなかった。
この先、どこに住めばいい?
どうすればいい?
紫道にこうして話を聞いてもらうまでは、気を張っていたけれど。
「……、これは確かに、気をつけた方がいいな」
彼のその言葉に、私の胸の奥にあったざらついた不安が、少しずつ輪郭を持ち始めていくのを感じた。
工房の2階には、バス・トイレと簡易キッチンを備えたスタジオタイプの部屋があり、アメリカから帰国した際に『ここに拠点を持とうと思って買った』と、彼は以前話してくれたことがある。
いつものように、駐車場に車を停め、玄関のチャイムを鳴らす。
すぐに「おう」と返事がして、上下グレーのスウェット姿の紫道が顔を出した。
彼の家の1階には、リビングとキッチン、そしてコンパクトなバスルームとトイレ。2階には寝室と、四畳程度の小さな部屋がふたつある。
どの部屋も生活感があるのに、すっきりと片付いていて、どこか落ち着く空間だ。
余計なものを置かず、家具も最小限。必要なものを、必要なだけ揃えている。そんな暮らし方が、どこか紫道らしい。
リビングのコーヒーテーブルを挟んで、私は座椅子に腰を下ろす。
彼の向かいに座り、途中でテイクアウトしてきた中華の紙袋を広げた。
「今日はエビチリと青椒肉絲ね。あと、胡麻団子もあるよ」
「おう。助かる。朝から飯も食ってねぇ」
そう言いながら、紫道は割り箸を器用に割って、エビチリに手を伸ばす。私もビニール袋からドリンクを取り出し、テーブルに並べた。
食べながら、私は今日の出来事をひとつひとつ話していった。
最初は公園での偶然、次に銀座でまた見かけて、そしてスーパーから自宅マンションの入り口まで尾行されていたこと。
「……、でね、銀座の後、スーパーに寄ったんだけど──」
テイクアウトのエビチリをつつきながら、私は紫道に今日の出来事をぽつぽつと話し始めた。
「そのときも、やっぱり彼女が少し距離を取ってついてきてたの。だから、スマホをビデオモードにして、さりげなく録画しておいたのよ。たぶん、気づかれてないと思う」
紫道が驚いた顔で箸を止める。
「圭衣、大丈夫だったのか?
その女性……、誰か心当たりは?」
「ううん、全然。でも……、普通に考えておかしいでしょ? 尾行してるのに、こんなに簡単にバレるなんて。プロじゃないよ、きっと」
「その動画、俺にも送ってくれないか?」
彼が真剣な顔で言うので、私はスマホを取り出してファイルを送信する。
「でね、マンションに戻ってから……」
そう言いかけて、私は少しだけ声を潜めた。
「地下駐車場から車を出して、ぐるっと角を曲がって、正面入り口の方に行ってみたの。そしたら、彼女──入り口近くの花壇に座ってた。スマホで誰かと話しながら、うちの中をじっと見ててさ……、さすがに、ちょっと気味悪かった」
紫道が送られてきた動画を見ながら、低く唸った。
その間、私はぼんやりと考えてしまっていた。
このままあのマンションに住み続けていて、本当に大丈夫なんだろうか?
ああやって、堂々と尾行してくるような人間がいるってことは、もう完全に『狙われている』と見ていい。
引っ越したい。でも、引っ越せない。
どこの不動産屋に行っても、理由のわからない断り文句ばかり。ようやく紹介してもらったところでも、最終段階で契約がなぜか消える。
もう……、さすがに、諦めかけている。
しかも、今住んでいるマンションの更新も通らなかった。
この先、どこに住めばいい?
どうすればいい?
紫道にこうして話を聞いてもらうまでは、気を張っていたけれど。
「……、これは確かに、気をつけた方がいいな」
彼のその言葉に、私の胸の奥にあったざらついた不安が、少しずつ輪郭を持ち始めていくのを感じた。



