にたものどうし


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部屋で千歌はベッドに横たわったまま、天井を見つめ続けていた。時計の針が静かに時を刻む音が、いつもより大きく耳に響く。


(眠れない…)


布団の中で寝返りを打ち、何度目かのため息をつく。窓の隙間から差し込む月明かりが、部屋の中に淡く影を作っている。スマートフォンを手に取ると、23時を回っていた。
優からのLINEには既読だけつけたまま。返信の言葉が見つからない。今日の出来事を思い出すたびに、顔が熱くなってくる。


(なんであんな反応しちゃったんだろう...)


目を閉じると、軽音部の部室で交わした視線が、まぶたの裏に浮かんでくる。困惑した表情を浮かべながらも、真っ直ぐに見つめ返してきた椋恭介。そして、彼が思いがけず口にした「かわいい」という言葉。


「はぁ…」


千歌は枕に顔を埋めた。中学では好きな人は居たが特に色恋沙汰とは縁がなく、男子から面と向かってかわいいと言われたことなど無い。高校生活もなんとなく日々をこなすだけだと思っていた。
千歌は心臓の鼓動が、今でも少し早くなっている気がしていた。部活でのタイムが伸びなかったのも、きっとこんな気持ちのせいだ。
壁際に掛けてある制服に目をやると、明日の朝から学校で顔を合わせることを思い出して、また胸がざわつく。同じ髪型というだけだったのに、1日でこんなにも意識してしまうなんて。でも、不思議と嫌な気持ちではない。


(椋くんって、ベース上手いんだろうな...)


部室から漏れていた音を思い出す。自分の知らない音楽の世界。覗いた時に見えた真剣な表情で演奏する姿が、妙に印象に残っている。

陸上とは全く違う世界で、でも同じように何かに打ち込んでいる。交わらないはずだった線が優によって接点を持った。
スマートフォンを手に取り、優へのメッセージを打ち始める。でも、何度も削除を繰り返してしまう。


「次、椋くんに会ったら、何て言えばいいのかな」


小さな声で呟きながら、千歌は再び天井を見上げた。
今夜は、きっと簡単には眠れそうにない。もう、素直に思っていることを送ってしまおうともう一度スマートフォンを開いた。今度は、優への返信の言葉が、少しずつ形になっていく気がした。

やっと眠れたのは深夜3時を回る頃。眠りがとても浅かったからなのか、同じ髪型の彼の夢を見る。夢の中で千歌は、恭介から名前を呼ばれて返事をした。そして心地の良いベースの音を隣で聴いている──。

朝起きて夢の内容を思い出し、赤面する。


「………なんて夢、見てるんだろ」


たった1日で椋恭介は、千歌の1番気になる人になってしまっていた。