にたものどうし

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一方その時、嵐のように過ぎ去った女子2人を見送り、部室に残された椋恭介は、自分の言動を振り返って頭を抱える思いをしていた。初対面の女子に対して、挨拶も碌にせずに「かわいい」と告げてしまうなんて──。
望月優に背中を押されるようにして現れた彼女は、確かに可愛らしかった。同じウルフヘアとは言え、あの柔らかな雰囲気は自分とは似ても似つかない。あの時、初対面の彼女にいろいろと言おうとはしていた。しかし、口をついて出てきたのは《《かわいい》》という言葉だった。

楠見千歌。ぎりぎり名前だけは聞き取れた。赤く染まった頬を見せて走り去っていく後ろ姿を、恭介はただ呆然と眺めるしかなかった。遠くから優の「あとでラインするねー!」という声が聞こえる。


「ムッック!!」


強めの肘打ちが脇腹に入り、恭介は我に返った。振り向くと、3年生でギターの倉持元気(くらもち げんき)が意地の悪い笑みを浮かべている。その隣では、同じクラスでドラムの関流星(せき りゅうせい)もニヤニヤと笑っていた。


「何今の?!」


倉持が一際目を輝かせながら詰め寄ってくる。


「いや...僕が聞きたいっす。ほんと」


恭介は疲れたように答える。


「髪型がーって言ってたけど、確かにオソロだったよね。えー、チカちゃん」


倉持は早くも親しげな呼び方を始めていた。


「ジャージ着てたけど、運動部かな。恭介知ってる?」
「初見。一緒にいたもう1人の、望月さんと同じなら多分、陸部」
「へぇー。スポーツできる美人系なのに、反応がウブな感じ超いいわ」


普段から彼女を取っ替え引っ替えしている倉持の目がまた怪しく輝きを増す。


「げぇ。いつもの倉持先輩の女好きトーク始まった」


それを見て関は顔を顰める。


「俺ぁ、後ろにいた子もいいなと思ったけどね!」
「センパイ...練習しましょ」
「な、チカちゃん、恭介いかないなら俺貰っていい?」
「ジョーダンやめてくださいよ。倉持先輩が言うと怖いっす。ほら、もっかい合わせますよ」


ベースを構え直した恭介は曲のワンフレーズを掻き鳴らす。倉持のからかいをかわすには、音を出すのが一番だ。けれど、ベースの弦を押さえる指先に、わずかな震えが残っていた。

この突拍子もない出会いは、確かに恭介の心に何かを残していったようだった。