夕凪、本当に申し訳ない。
この手紙を読んでいる頃なら、きっともう僕は目を覚まさなくなったのだろう。
結婚式の約束、叶えられなくてごめん。
夕凪のウエディングドレス姿、見たかったな。
実は、もう一つ夕凪に謝らなくちゃいけないことがある。
僕は、一ヶ月ぐらい前から、眠っても記憶が残っているようになった。きっと、今まで頑張ってきた僕に、最後だからと神様がプレゼントをくれたんだろうな。
でも、その頃にはもう寝たきりになっていたし、意思疎通もうまくできなくなってしまっていたから。僕は夕凪の声を、話しかけてくれる言葉の一つ一つを、毎日覚えていてみようと思った。
一日目、夕凪は僕にお花を持ってきてくれたね。確か、鮮やかな色をした一本のチューリップだった。夕凪が教えてくれた花言葉は、「あなたしかいない」。
どうかな、合ってる?
それから六日後、夕凪が僕にお粥を作ってくれたね。とても美味しかったよ、ありがとう。母さんから作り方を教わったのかな、母さんの味にそっくりだった。
そして今から約二週間前、僕はとうとう眠ることしかできなくなった。夕凪には僕の痩せ細った醜い姿を見せてしまって申し訳なかった。でも時々目が覚めると、ベッドの横で今度は夕凪が寝ているんだ。天使のような寝顔でね。僕はもし天国から迎えが来るなら、こんな顔の天使がいいと思ってしまったよ。
三日前、最後の日記を書いた。文字もまともに書けなかったけれど、夕凪が僕の部屋にいない時間を見計らって、普通の日記を想像しながら一生懸命書いたんだ。
そして今、夕凪に手紙を書いている。この便箋の文字は、汚いけれど読めないことはないだろう?なぜかね、体が思い通りに動くんだ。こんな感覚は久しぶりだよ。
これが本当に、神様からの最後の贈り物なんだろうね。僕は正直、事故に遭ってから神様という存在を憎んでいたけれど、今やっと好きになれた気がするよ。夕凪に言いたいこと、全部書けた。これで心残りもない。感謝しかないね、神様とやらには。
それと、僕の日記は燃やしてほしい。
僕が生きていたときのものがずっと残っていたら、父さんと母さん、それに夕凪は、いつまでも前に進めないと思うから。
どうか、僕の最後の我儘だと思って聞いてくれないだろうか。僕の日記なんて、僕が毎日を生き繋ぐための道具に過ぎなかったんだから。
最後に夕凪。僕はね、毎日毎日、君に出会うたびに恋をしていた。これは本当だよ。「だと思う」とか「じゃないかな」とか、そんな言葉は使わずに、はっきりと言える。
でも記憶が残るようになってから、それは少し変わった。いつかまた振り出しに戻って、眠ると記憶が無くなるんじゃないかと思うと怖かった。
だから、最後の一ヶ月、その日の僕はその日の夕凪に恋するんじゃなくて、
今日の僕は、明日の君に恋をしていたんだ。
明日の君に、もう一度会いたかったから。
明日の君を覚えていたかったから。
今、少し「難しい」と思ったでしょ。でもいいんだ、それで。いつか分かってくれるなら、僕はそれでいい。
でも僕のことを忘れるななんてことは言わない。
夕凪は新しい素敵な相手を探して、必ず幸せになるんだよ。夕凪にはその権利が十分にある。少なくとも僕はそう思ってる。
夕凪、そろそろ贈り物が終わるみたいだ。
僕は夕凪より少し先にいくだけだから。
夕凪は僕の何倍も生きて、僕が忘れる頃にきてね。
さようなら、夕凪。また会おうね。
僕は心の底から、君を愛しています。
君と過ごした時間を、僕は絶対に忘れない。
郡崎 秋斗

