手紙を読み終わって、私は胸のあたりがじんわりとあたたかくなるのを感じた。いつかの帰り道で秋斗にもらった感覚を、秋斗はいなくなってからも私にくれた。
 私は手紙を封筒にしまい、香菜さんに貰っていいか、と聞いてみた。香菜さんは「当たり前でしょ」と嬉しそうに言う。
 そして、秋斗からの最後のお願いを香菜さんに伝えた。香菜さんはしばしうーんと迷っている様子だったが、優しい香菜さんのことだ、きっと息子の望みを叶えるためにきちんと燃やしてくれることだろう。

 それから香菜さんと少し話して、コーヒーを飲み干し、ごちそうさまでした、と席を立った。
「夕凪ちゃん」
「はい」
「秋斗と仲良くしてくれて、秋斗を好きになってくれて本当にありがとうね。短い間だったかもしれないけど、あの子にとっては人生で一番幸せな時間だったと思うのよ。私も夕凪ちゃんに出会えて嬉しいし・・・」
 香菜さんがこれでおしまい、とでも言うような話をし始めたので、申し訳ないが私は遮らせてもらった。
「香菜さん。私、また遊びに来ますよ。香菜さんの優しさに甘えたくなったときは、図々しくいつでもここに来ます。それに、毎月ある秋斗の月命日、一緒にお墓参り行きましょ。秋斗には悪いけど、香菜さんと会う口実にさせてもらいます」
 そう言ってにやっと笑うと、香菜さんはほっとしたかのように目を潤ませた。
「夕凪ちゃん・・・。ありがとう。月命日、私も夕凪ちゃんに会う口実にするわね。ごめんね、秋斗ー!」
 香菜さんは空に向かって叫んだ。私もすかさず、
「忘れないでよねー!」
 と力いっぱい叫んだ。私たち二人はふふふっと笑いながらまた会う約束をして、さよならをした。

 ❖ ❖ ❖
 
 香菜さんと別れた後、いつもの漆串公園に寄ってベンチに座り、秋斗の手紙をもう一度取り出した。

『今日の僕は、明日の君に恋していたんだ。』

 この一文がなんともロマンチストな秋斗らしくて、私は再び空を見上げ、今度は小さな声でつぶやいた。

「今日の私も、明日の秋斗に恋してたよ」

 言ってからなんとなく照れくさくなって、私はまた手紙をしまい、公園を出た。その途端、ひゅううっと強い風が吹き抜けた。
 私は木の葉が舞う中で、はっとした。

 風に乗って、秋斗の声が聞こえた気がしたのだ。
 秋斗のお決まりの言葉。

『明日の僕が、君と恋人のままでいられますように』

 ────人と関わるのも、案外悪くないかもしれないな。

 私は大きく息を吸って、一歩ずつ、地面を踏みしめるように歩き始めた。