「追っ払った……かな?」
男の子の姿が見えなくなった後で言う。
「おそらく」
彼女が言った。
ずっと下の方をみると、豆粒みたいに見えるお客さんたちは、ショッピングモールに出入りしたり、屋外のヒーローショーを見たりして、それぞれ楽しんでいる。どうやら私たちには気づいていないみたい。平和そうで良かった。
とりあえず私たちは、三階に空いた壁の穴から、建物の中に戻った。
あの男の子が、“秘密基地”と呼んでいた場所。最初に男の子と出会った広い部屋に戻ると、机があったり、ベッドがあったりして、なんとなく生活感がある。そういえば、飛び越したベランダみたいなところにも、洗濯物らしきものがかかっていたような……。
「何者なんでしょうね、彼」
彼女がつぶやく。
「ここで暮らしてたのかな? ショッピングモールだけど」
興味本位でのぞいちゃったことと、ふっ飛ばしちゃったことはなんだか申し訳ないけど、ここで暮らすのは多分なにかに違反するし、反撃しなきゃこちらも無事では済まなかっただろうから、勘弁してほしい。
男の子がまたここに戻ってくるかはわからないけど、なんとなくとっ散らかしたままなのは気になるのと、今後騒ぎになっても困るから、私と彼女は瓦礫だけでも片付けることにした。
もちろん、魔法で。
単にものを動かすみたいなことは、息をするように簡単にできる。掃除もとっても楽ちん!
「くずれた壁って、何ゴミなんだろうね?」
「資源ゴミ……、とかでしょうか?」
なんて会話をしながら、手際よく後始末。
ある程度きれいになったところで、最初に入ったドアから部屋の外に出た。
そして、今度は私たちが元の姿に戻る方法を考える。
「その……、この状態になったのは、たぶんこれの力だよね」
私は、音楽プレーヤー(腰についていたポーチのなかにあった)をとりだした。
「私はこれですね」
彼女も同じように、さっき見た懐中時計を取り出す。
「でも不思議ですね……。これは私が祖父から譲り受けたものです。確かどこかの海外土産ときいていますし、珍しいとは思いますが、いたって普通の品だと思うのですが……」
「私だってそうだよ。さっき言ったとおり、この音楽プレーヤーは自分で買ったもの、つまり市販品だし、そんな不思議な力とかないと思う」
「謎は残りますが、これがもとで変身したわけですし、たぶんまたこれを握れば――」
私と彼女はうなずき、それぞれ握る手に力を込めた――。
また私たちの体は光に包まれて、思わず目をつぶる。
ゆっくりと目をあけたとき、私たちは元の姿に戻っていた。
「成功ですね」
眼鏡の奥に見える、彼女の優しい微笑み。
「うん」
ふ~……。
安心したら、なんか急にどっと疲れが来た。
にしても、信じられない経験だったな。まさか突然、こんな普通の女の子である私が、魔法使いになるなんて。ホント、小説かなにかの主人公みたい。
「なんかちょっと、楽しかったかも」
私がつぶやくと、彼女が驚いたような顔をしてから、
「私もです」
そういってにこっと笑った。
あー、なんか今日はおいしいご飯でも食べて、ゆっくり休みたい気分……。
ご飯? あ!
スマホの時計を見る。げっ、やっぱり結構時間経ってる!
相崎響の、せっかちが発動した。
「やば! お母さんとお父さんが食料品売り場で待ってるんだった! 早くいかないと! 今日はありがとう! じゃあね!」
「えっ、あっ、はい! さようなら!」
彼女の声を聴きながら、ダッシュ!
景色はだんだん、人気のあるごく普通のショッピングモールになった。
うーん、もっと彼女とお話ししたかったなー。不思議な体験を共にした彼女。
……あ、そういえば、彼女の名前、きいてなかった。
だいぶ走っちゃったから、後ろを振り返っても当然、彼女はいない。
ひえー、惜しいことしたな。
でも彼女もこの辺に住んでるみたいだし、またその辺で偶然会ったりして。
ああ、でもそうだ。私、学園寮に引っ越しちゃうんだった。
その後は無事、お母さんたちと合流。「どこまで忘れ物探しに行ってたの!?」って呆れられたけど。
一連の出来事に関しては特に言わなかった。きっと心配されるだろうし。
……主に、頭の。
そしてついに、私が寮に引っ越す日がやってきた。
今は、学園に向かう車の中。
「忘れ物、本当にないか?」
私のせっかちぶりをよーく知るお父さんが、心配そうに言う。
「平気平気! 何度も確認したから。それに、いま忘れもの見つけたって遅いでしょ?」
「それもそうね」
車を運転するお母さんが笑った。
家から車で二時間くらいで、学園に到着。
外国のお城についていそうな立派な門。そこから広がる学園の景色は、自然豊かな異国の町みたい。
荷物はこの前買った大きなキャリーケースと、リュックサック。結構重いけど、なんとかひとりですべて持った。
校門の前で、いよいよお母さんたちともしばらくお別れ。
やっぱりさみしいけれど、私はこの学園で、立派に成長して、一人前のかっこいい人になるって決めたんだ。
「気を付けて。楽しんでね」
笑って送り出してくれるお母さんとお父さんに、私もとびっきりの笑顔を向けた。
「うん、行ってきます!」
学園の中に入ったのは受験の時以来だけど、やっぱりびっくりするくらい広い。
生徒の数はそこまで多くないらしいんだけど、学園内にいろいろな施設が充実していて、図書館がすごく大きかったり、おしゃれな庭があったりするらしい。学校探検なんてしたら、一日じゃ終わらないね!
でも、まずはこの大量の荷物を何とかしなければ。
えっと、寮の場所は……。えええ、一番奥だ……。
なんか、敷地内にやたら階段とか坂とかあるし、意外とつらい。
やっとの思いで寮に到着。
建物自体は新しそうだけど、雰囲気が全体的にアンティークな感じで、心がくすぐられる。床はえんじ色のじゅうたんみたいになっていて、なんか高級感があって素敵。
部屋番号は、“302”っと。三階か……。
またまた階段を上がる。ひぃー、もう少し!
基本的に在学中は、寮の部屋はずっと変わらない。これから中学と高校の合わせて六年間、お世話になる部屋ってこと。
そして、この寮は二人一部屋! ルームメイトも、六年間ずっと一緒の大切な存在。
ルームメイト、どんな子かな? わくわくが止まらない!
“302”。ここだ。ルームメイトの子、もう来てるのかな。
私はドアをノックした。
「どうぞ」
中から声がした。もういるみたい。
えー、どんな子だろ?
「失礼しまーす」
私は部屋の中に入る。部屋の中もシンプルだけど装飾とかがおしゃれな感じで、すごくいい。もうずっと、興奮しっぱなし!
部屋にはベッドが二つと、机・椅子のセットが二つ。片方のベッドの前にはどっさりと荷物が置いてあるから、たぶんルームメイトの子も来たばかりなんだろうな。
そして、その前に立っているこの子が、私のルームメイト――。
「「あ」」
見事にハモった。
そこにいたのは、彼女。
ショッピングモールで、一緒に魔法体験をした、彼女だった。
……え? え?
彼女もシンフォニア学園の生徒? そして、ルームメイト……!?
……運命って、こういうことを言うんだろうね。
「ルームメイトの、翠川真理英です。
これからよろしくお願いします」
きれいな黒髪を耳にかけ直し、にこっと笑って彼女は言った。
「あ、相崎響です。……よろしく!」
私もあいさつして、それから二人で笑い合った。
これが、私と彼女――真理英との出会い。
そして同時に、“未知の世界”との出会いだったということを、このときの私たちは、まだ知らない。