――都会のエスカレーターは、魔境だった。
「墨さん!! ちょっとこれ見てください!!」
桃乃が目を輝かせながら、デパートの入口で足を止めた。
「……なんだよ」
「あれが噂の、都会の……」
「エスカレーター」
指差す先には、普通のエスカレーター。
「……お前、エスカレーター初めてか?」
「田舎にだってありますよ!? でも、都会のエスカレーターは違うんです!! だって、みんなが右に寄ってる!!!」
「……それがどうした」
「田舎のエスカレーターなんて、人いないから真ん中に堂々と立っても誰も文句言わないんですよ!?」
「そもそも、田舎のエスカレーターに乗る人が少なすぎるんだろ……」
「でも都会は、みんな右に寄って……なんかこう……都会の洗礼って感じがしますね!!」
「いや、ただのマナーだろ」
「とりあえず私もやってみます!!」
桃乃は意気込んでエスカレーターに乗る。
「よし……私も都会の流儀に倣って、右に寄ります!!」
桃乃は慎重に右側に立った。
「おおっ!! なんか都会人っぽい!!」
「……ただ立ってるだけじゃねぇか」
「でも、都会の人って左側をスタスタ登っていくじゃないですか! エスカレーターに乗る意味なくないですか!?」
「急いでる奴が使うんだよ」
「ええ~~~!? せっかく自動で動くのに、自分で歩くとか、それもう階段じゃないですか!!」
「お前みたいなのがいるから、都会の人は田舎者を警戒するんだよ」
「いやいや、むしろ田舎の方が平和ですよ!? だって田舎のエスカレーターなんて、人いなさすぎて 逆走して遊ぶキッズ までいますからね!? それに比べたら都会の人は余裕がなさすぎる!」
「……逆走すんな」
「とりあえず、エスカレーターで流れに乗ることに成功しました!!」
「何の達成感だよ……」
「墨さんもやってくださいよ! ほら、都会の流儀!」
「俺は普通に乗るだけだが」
朔も隣のエスカレーターに乗る。
「おっ、都会人の見本!!」
「……さっさと降りろよ」
「はいはい、じゃあ降ります――」
バタン!!!
「……」
「ギャァァァ!!!???」
「お前何やってんだ」
「エスカレーターの最後の段差!! あれめっちゃ怖くないですか!?!? いつ閉じるかわからなくて!!」
「……どこが怖いんだよ」
「田舎のばあちゃんも言ってました!! 『エスカレーターの終わり際は罠だから気をつけろ』 って!!」
「そんな罠はねぇよ……」
「だって!! 足が巻き込まれたらどうするんですか!! もし靴紐が引っかかったら、私はここで生涯を終えることに……!!」
「どんだけ大惨事を想定してんだよ」
「都会は危険がいっぱいですよ……。ふぅ……なんとか生き延びました……」
「さっさと行くぞ、田舎娘」
「都会のエスカレーター、命がけすぎます……」
桃乃の都会修行は、まだまだ続く。
