夜の歌舞伎町。

「ちょっと墨さん! 先に行かないでくださいよ!」

 桃乃は人混みに紛れながら、朔の背中を追いかける。

「……お前が遅いだけだろ」

「都会の人、歩くの速すぎますって!」

 桃乃は息を切らしながら、ようやく駅の改札にたどり着いた。

「さぁ帰るぞ」

「おっ、ここが噂の……自動改札!」

 桃乃は腕を組みながら、改札機をじっくり観察する。

「……いや、噂ってなんだよ」

「いやだって、都会の駅の改札って、ほんとに“シュッ”って通れるんです?」

「……当たり前だろ」

「田舎は駅員さんが切符切ってくれるから、こんな未来的なの見たことないんですよ!」

「……そんな時代遅れなこと、まだやってんのか」

「やってますとも!!」

 桃乃は誇らしげに胸を張る。

「えっと、Suicaをこうやって……」

 ピッ。

 ガコン!

「え?」

「……お前、チャージしてないのか?」

「チャージ!?」

 桃乃は目を見開く。

「都会のSuicaは、チャージしないと使えないんです!?」

「お前……Suicaをどういう魔法のカードだと思ってんだ……?」

「いや、田舎の人間は知らないんですよ! だって都会の人、ピッてやって『あ~ん残高足りな~い』とかやらないじゃないですか! みんな余裕そうな顔して通るから、てっきり無限に使えるのかと……」

「お前の中でSuicaはブラックカードか?」

「え、でも駅員さんに見せたら通してくれます?」

「……ここは田舎じゃねぇんだよ」

「そんなぁ!!」

 桃乃は肩を落とし、ポケットを探る。

「あ、切符買えばいいんですね!」

「最初からそうしろよ……」

「よしっ! じゃあ改札通ります!」

 改札の前に立ち、切符を差し込む桃乃。

「……よし、行け!」

「おおおお! すごい、都会の改札が開いた!!」

「さっさと通れ」

「でもこれ、いつ閉まるかわからなくて怖いですね!? タイミングミスると、挟まれません!?」

「……普通に歩けばいいだけだろ」

「やばいやばい、心の準備が!」

「早く行け」

「えっ、でもでも、待って、心の準備が――」

 ガシャン!!

「痛ァァァァ!!!」

 改札機は無慈悲に閉じた。

「ほら、そうなる」

「ちょ、ちょっと! 改札ってこんなに容赦ないんです!? 田舎の駅員さんなら『お嬢ちゃん、気をつけてね~』って言ってくれるのに!!」

「機械にそんな情はねぇよ」

「この都会の冷たさ……! 田舎娘には刺激が強すぎます!!」

 桃乃は涙目になりながら、もう一度切符を入れる。

「今度こそ!」

 バシュッ

「行くぞ、行くぞ、行くぞ……!」

 バタン!!

「ギャァァァ!!!」

「お前さぁ……」

「都会の改札、厳しすぎません!? ワンチャン、田舎娘狙い撃ちしてません!?」

「……お前が遅いだけだ」

「こんなの、田舎のばあちゃんだったら間違いなく大惨事ですよ!? こんな理不尽な改札、行政が許していいんです!? えぇ!?」

「田舎に帰れ」

「都会に来てやっと改札を通れたと思ったら、帰れってヒドすぎません!?」

「てか、お前このままだと終電逃すぞ」

「え!?」

「さっさと乗るぞ、田舎娘」

「ちょ、待って、都会の電車ってどっちの方向乗ればいいんです!??」

「……はぁ」

 桃乃の都会修行は、まだまだ続きそうだった。