——ある日の昼下がり。

 桃乃は歌舞伎町のカフェで、朔と向かい合って座っていた。

 「ねぇ、墨さん」

 「……なんだ」

 「タトゥーって、やっぱり意味とかあるの?」

 朔はカフェラテを一口飲み、無言で桃乃を見た。

 その首には、いつも気になっていた黒いアザミのタトゥー。

 腕や胸にも模様が刻まれているけど、特にそのアザミが印象的だった。

 「ほら、バラとかだと“愛”とか“情熱”って意味があるって聞いたことあるし、墨さんのそのアザミは……」

 「お前、調べたのか?」

 「まぁ、ちょっとね!」

 胸を張る桃乃に、朔はふっと小さく笑った。

 「……で? お前はなんだと思う」

 「え?」

 「俺のタトゥーの意味。お前の予想を聞かせろ」

 「えぇ〜??」

 思わぬ振りに、桃乃は考え込む。

 黒いアザミの花。棘がある植物。

 調べたとき、アザミには「独立」「復讐」「厳格」なんて意味があると知った。

 ——でも、朔がわざわざそんな意味を込めるだろうか?

 「いや、待てよ……」

 桃乃は、じーっと朔のタトゥーを見つめた。

 首筋の黒いアザミ。その周りには、かすかに滲むような影の模様。

 ——それを見た瞬間、頭に電撃が走った。

 「……わかった!」

 「ほう」

 「そのタトゥー、実は“コーヒーこぼした跡”をデザインしたんでしょ!!?」

 「…………は?」

 「だってほら! なんか、滲んでる感じがするし!!」

 「……お前な」

 「え、違う?」

 「当たり前だろ」

 「だって、前に墨さん、カフェでコーヒーこぼして『クソ……』って小声で言ってたじゃん! あれがトラウマになって、それを忘れないように——」

 「そんなわけあるか」

 「じゃあ、ほんとは何なの?」

 朔はコーヒーカップを置き、桃乃をじっと見た。

 「……気になるのか?」

 「そりゃあね! 気になるよ!」

 「教えねぇよ」

 「えぇぇ〜!? なんで!!」

 「そんなもん、適当に考えとけ」

 「ええぇ〜〜!?!」

 不満そうに身を乗り出す桃乃を見て、朔は少しだけ口角を上げた。

 「……ま、いいんじゃねぇの。お前が適当に想像して楽しめば」

 「ちょっとぉ! もったいぶらないでよ!」

 「ヒントは、さっきお前が言った言葉の中にある」

 「え? どれどれ!? “独立”? “復讐”? もしくはコーヒー?」

 「……さぁな」

 「絶対コーヒーだ!!」

 「違う」

 「くそぉぉぉ!!!」

 桃乃は悶えながら机に突っ伏した。

 それを見て、朔は微かに笑いながらカフェラテを口に運んだ。

 ——タトゥーの意味? そんなもん、簡単に教えるわけねぇだろ。