歌舞伎町の夜。

 ネオンが輝く通りを、桃乃は歩いていた。

「……すごいなぁ、やっぱり都会の夜って」

 キョロキョロと街並みを見回しながら、ふと足を止める。

 目の前の高級レストランの入り口——そこに立っていたのは——

 朔。

 そして、隣には——

 派手なドレスを着た美女。

「……あれ?」

(……ん? んん??)

 桃乃の脳内に「ヤバいかもしれない警報」が鳴る。

 この光景、完全に——

「ホストの同伴(営業)」

 朔は目の前の女性と話している。

「今日は楽しんでいって」

「あら、嬉しい♡ でも、墨くんってクールな感じなのに、こういうお店も詳しいのね」

「まぁな」

 (まぁな、じゃねぇよ!!!!!)

 桃乃、心の中でツッコむ。

 ……いや、わかってる。わかってるんだけど。

 朔はホストだし、同伴は仕事。彼女は「お客さん」だ。

 ……だけど。

 なんでだろう、このモヤモヤ。

 (……とりあえず、気づかれないようにスルーしよう)

 桃乃はこっそり歩き出す。

 ……が。

 その瞬間——

「……ん?」

 朔がこっちを見た。

(やばい!!!)

 目が合った。

 (見なかったことにしよう!!!)

 慌てて反対方向に向かおうとする桃乃。

 だが、次の瞬間——

「……おい、桃乃」

 (呼ぶな!!!!)

 桃乃、内心で絶叫。

 気づけば、朔はこっちに歩いてきていた。

 そして、隣にいた指名客の女性も、不思議そうにこちらを見ている。

「……お知り合い?」

「……まぁ、そんな感じ」

「へぇ〜……」

 女性は意味ありげに桃乃を見つめる。

 桃乃、心の中で冷や汗ダラダラ。

(ど、どうしよう……このシチュ、めちゃくちゃ気まずい……!!)

 しかし、そんな桃乃の動揺をよそに、指名客の女性はニッコリ微笑んだ。

「……もしかして、彼女さん?」

「ぶっ!!!!」

 桃乃、盛大にむせる。

「ちっ、ちがっ……!!」

「いや、違う」

 朔が即答した。

(ちょっとは悩めよ!!!)

 しかし、次の瞬間、朔はゆっくりと口角を上げた。

「……こいつは、俺の“田舎の知り合い”」

 (田舎の知り合い!?)

 予想外の紹介に、桃乃は思わず目を丸くする。

 指名客の女性も、「田舎?」と首をかしげた。

「へぇ〜……墨くんって、田舎に知り合いがいるんだ」

「まぁな」

「どんな関係なの?」

「ただのガキンチョ」

「……」

 桃乃、無言で朔の足を蹴る。

「……いってぇな」

「ガキンチョって何!?!?!?」

「そのまんまの意味だろ」

「私は幼稚園児か!?!?」

「そんな低くねぇだろ」

「いやそういう問題じゃなくて!!!」

 指名客の女性は、クスクスと笑っている。

「ふふっ、仲良さそうね」

「いやいやいや、全然です!!!」

「まぁ、昔からの知り合いみたいなもんだ」

「誰が“昔から”だ!!!」

 完全におちょくられている桃乃。

 しかし、朔は淡々と言葉を続ける。

「だからまぁ、気にすんな。こいつは俺の女とか、そんなんじゃねぇから」

「……ふぅん」

 指名客の女性は、どこか納得したように微笑む。

「じゃあ、安心して今夜は甘えさせてもらおうかしら♡」

「……おう」

 そう言って、朔は再び女性の隣に立つ。

 桃乃の目の前で、サラッとエスコートするその姿に——

 桃乃は、なんとも言えない気持ちになった。

(……やっぱり、ホストってすごい)

 さっきまで私と軽口を叩いていたのに。

 今はもう、完全に“ホストの顔”になってる。

 やっぱり、私とは違う世界の人——

「……じゃあな」

 ふと、朔が小さく言った。

 いつものクールな声。

 ……でも、なんとなく。

 その目が、「何か」を言いたげだった気がした——。