田舎の夏祭り——それは、都会育ちのホストにとって試練の場である。
提灯が揺れる境内。浴衣姿の人々が行き交い、屋台の甘い香りが漂う。
桃乃は嬉しそうに祭りの雰囲気を満喫していた。
「わぁ、今年も盛り上がってる! ねぇ朔さん、屋台まわりましょ!」
「……その前に確認したいんだが」
「ん?」
「なんで俺、こんなに注目浴びてるの?」
周囲の視線が刺さる。
もうね、すごいの。
大人も子どもも、おばあちゃんまでもが、「えっ、誰あの人!? なんか都会のモデルみたいな男がいる!!」 という目で見てくる。
「え、そりゃあ、朔さんがイケメンすぎるからじゃ?」
「……俺、都会ではそこまで注目されないぞ」
「田舎ではね、ちょっと派手な見た目の人が来るだけで事件になるんですよ」
「それにしても、俺のこと指さしてコソコソ喋ってる子どもたちがいるんだが」
「たぶん、お祭りに現れた異世界の王子様 だと思ってるんじゃないですか?」
「…………」
「ほら、朔さん、せっかくだし楽しみましょう!」
「……まぁ、せっかく来たしな」
しかし、このあと朔はさらに田舎の洗礼を受けることになる。
「にーちゃん、どこから来たの?」
気づけば地元の小学生たちに囲まれていた。
「東京だけど」
「えっ、東京!? すげぇ!! 芸能人とか知ってる!?」
「いや、別にそんな——」
「にーちゃんの腕の模様、なにそれ!?」
「え?」
「なんで腕に絵描いてるの!?」
「いや、これはタトゥーで——」
「わかった! にーちゃん、忍者だ!!」
「違う」
「えー、でもカッコイイ! ねぇ、手裏剣持ってる!?」
「……持ってない」
都会のホスト、田舎の子どもに忍者認定される。
しかも、その誤解を解く間もなく、子どもたちは勝手に盛り上がり——
「すげぇ! 俺たちもタトゥー入れたい!」
「じゃあ、これでいい?」
桃乃が腕に油性ペンで適当に模様を描き始める。
「おい、桃乃」
「はい?」
「やめろ、あとで親御さんに怒られるの俺だろ。」
「あっ、たしかに」
ようやく気づいたらしい。
———
「朔さん、射的やりましょうよ!」
「お前、子どもみたいにはしゃいでんな」
「いや、田舎の祭りの射的って異様に難しいんですよ。これ当てられたら本物のプロです」
「そんな大げさな——」
「……ほら、やってみてください」
渡されたのは、おもちゃの銃。
狙うのは、棚の上に並べられた景品。
朔は冷静に狙いを定め、引き金を引いた。
——パスッ
弾は景品に命中。
だが、景品は微動だにしない。
「……おい」
「言ったじゃないですか、田舎の射的は難易度バグってるって」
「……絶対これ、裏にガムテープで固定されてるだろ」
「そんなことないですよぉ(目逸らし)」
「お前、知ってるな」
「……田舎の闇、見ちゃいましたね。」
「許せねぇ」
都会のホスト、田舎の祭りの闇を知る。
射的の闇を目撃したあと、朔と桃乃は屋台をまわった。
しかし、ここでまた事件発生。
「……あれ?」
「どうした?」
「……あの、帯、緩んできちゃったかも。」
「は?」
桃乃は浴衣を着ていたが、動き回ったせいか、帯がずれてきたらしい。
「ちょ、ちょっと朔さん、後ろ向いてください!」
「は?」
「このままじゃ着崩れちゃうから直したいんです!」
「いや、ここ人多いだろ」
「でも、今すぐ直さないと——」
そう言いながら、桃乃は帯をキュッと引き締めようとした。
しかし、その瞬間——
ズルッ
「え」
浴衣の衿がガバッと 開きかける。
「ちょっ!??」
「わわっ!!??」
慌てて押さえようとするが、バランスを崩して——
バシッ!!
朔の胸にダイブ。
「…………」
「…………」
「お前、わざとやってんのか?」
「ち、違います!!」
「……祭りのど真ん中でやることじゃない」
朔はため息をつきながら、サッと自分の上着を脱ぎ、桃乃にかけてやった。
その仕草がなんというか、めちゃくちゃスマートで。
「……ごめんなさい」
「まったく……」
「……でも、ありがと」
「……まぁ、しょうがねぇな」
朔は桃乃の頭をポン軽くと撫でた。
なるほどこれがホストのエスコートかと桃乃は感心しつつ、内心少しドキドキしていたのであった。
