夏の田舎道。
夜。
カエルが鳴く声、エグい。
「……おい」
「ん?」
「俺、今すぐ都会に帰りたい。」
隣で立ち尽くす朔が、心底うんざりした顔でそう言った。
桃乃はクスクス笑いながら、彼の横顔を覗き込む。
「何言ってるんですか、まだ家に着いてないですよ?」
「……ていうか、この道おかしい。」
「田舎って大体こんなもんですよ?」
「いや、街灯がない。」
「ええ、普通ですよ」
「道が見えない。」
「ええ、普通ですよ」
「足元、何かめっちゃ動いてるんだが。」
「あ、それカエルですね」
「無理。」
朔の顔がマジだった。
「えっ、まさか朔さんってカエル苦手なんですか?」
「いや、別に苦手ってわけじゃ——」
ビチャッ。
「…………」
「…………」
「うわああああああ!!!!!!!!」
突然、朔の絶叫が響き渡る。
田んぼから飛び出したカエルが、よりにもよって朔のサンダルの上にダイブしたのだ。
「ちょ、ちょ、落ち着いてください! そんなに暴れたら——」
「どけどけどけどけ!! 俺の足からどけええええ!!!」
大都会・新宿のホストが、田舎道でカエル相手に死闘を繰り広げる光景。
桃乃はもう、笑いを堪えきれなかった。
「ちょっと、朔さん、落ち着いてくださいって! カエルは悪くないんですよ!」
「……わかってる……でも、無理なもんは無理なんだよ……」
朔は震える手でサンダルを脱ぎ、カエルが逃げるのを確認すると、放心状態になった。
「俺、こんなことで精神力削られると思わなかった……」
「ふふ、朔さんって意外と可愛いところありますね」
「どこがだよ……」
「カエルにここまで動揺するとは思いませんでした」
「……俺のプライドが死んだ夜だ」
都会では完璧なホストの朔も、田舎のカエルには勝てなかったらしい。
