「えっ、今日ここ泊まるんですか?」
「他に行くとこあんのか?」
「ないですけど……」
部屋に荷物を置いたまま、じっと見上げられる。 いつも通りの素朴な顔なのに、たった一つのセリフで状況が一変した。
「……まあ、いいけど」
適当に返して視線を逸らした。 “女が家に泊まる” なんて、ホストなら慣れた状況のはずなのに。 目の前の相手が桃乃だと、なんだか勝手が違う。
これは別に、変な意味じゃなくて。うん、そういうのじゃなくて。
「じゃあ、シャワー借りますね」
無邪気にそう言って、バスルームへと消えていく。 いつもの田舎娘スタイルから、部屋着に着替えるつもりなのだろう。
……いや、待て。部屋着ってなんだ?
考えたところで、すぐに答えは出た。 どうせ普通のスウェットとかだろ。
特に意識するようなものじゃない。 そう、自分に言い聞かせる。
——しかし。
「ふぅ、さっぱりしました!」
数分後、バスルームから出てきた桃乃を見て、固まった。
……え、ちょっと待て。お前、それは……。
オーバーサイズのTシャツに、ショートパンツ。 部屋着としては普通なのに、なぜか妙に……こう……。
「ん? どうしました?」
「……いや」
「暑かったんで、楽な格好にしました」
「そうか」
そうか、じゃねえ。 無自覚にそんな格好でウロウロするの、どうなんだ。 俺はホストだぞ。
そう言いたくても、そんなことを言うほうが負けな気がして黙る。
ソファに座ると、桃乃も隣にちょこんと座った。 湯上がりだからか、ほんのり頬が赤い。 髪もまだ完全には乾いてなくて、肩にかかる黒髪がやけに艶やかに見えた。
「髪、乾かさなくていいのか?」
「あ、忘れてました。ドライヤー借ります」
そう言って立ち上がり、洗面所へ向かおうとする。 だが、ふと足を止めた。
「あれ、墨さんのタオル使っちゃいましたけど、もしかしてダメでした?」
「……は?」
「だって、お風呂上がったらタオル一枚しかなくて」
いや、待て待て待て。
「……それ、俺がさっきまで使ってたやつだろ?」
「はい。でも、洗濯済みならいいかなって」
そう言って、なんでもないことのように笑う。
——え、お前、ちょっとは気にしろよ。
「……普通、人のタオル、使うか?」
「だって、お風呂上がりで他になかったら、使いますよね?」
「いや、使わねぇよ」
そんなことを気にするほうが小さいのか? でも、それを堂々と無邪気に言える桃乃のほうが、何倍も罪深い気がする。
「じゃあ、墨さんも使っていいですよ」
「誰が使うか」
そう言った瞬間、妙な既視感を覚えた。 そういえば、こいつ前も「間接○○なんて気にしませんよ!」とか言ってた気がする。
……なんかもう、いろいろ無理。
「なんか、墨さん顔赤くないですか?」
「気のせいだ」
適当に言い捨て、煙草をくわえる。 火をつける前に、無意識に深呼吸した。
