——深夜、温泉宿の一室。
静まり返った和室。畳の上には、二組の布団。
……のはずが、今現在、
なぜかその布団が一つに合体していた。
「ちょ、ちょっと待って、なんでこうなってるの!?」
桃乃は布団の中で大混乱していた。
隣には、何食わぬ顔の朔。
いや、食わぬどころか、普通にすぐ隣で寝転がっている。
「……お前が寝相悪すぎんだろ」
「えええ!? そんなことないもん!!」
「いや、ある。証拠に、お前さっき俺の腹に思いっきり頭突きかました」
「えっ……?」
「しかも布団蹴りまくって、自分でこっち転がってきたんだけど?」
「……う、嘘でしょ……?」
まったく記憶にない。
いや、でも確かに朝起きたら、なぜか朔の肩に頭を乗せていたし、その上彼の胸元を掴んでいたし、さらには——
「……ねぇ、なんかすごく寝心地よかったんですけど」
「お前、それ完全に俺を抱き枕にしてた」
「——!!?」
桃乃は真っ赤になって飛び起きようとした。
その瞬間。
バランスを崩した。
「ちょっ……!!?」
ズルッ!!
重力に従い、桃乃はそのまま朔の上へ倒れ込んだ。
朔の顔がすぐそこ。
鼻先が触れそうな距離。
「……お前さぁ」
低い声が響く。
朔は布団の中で、片手を桃乃の腰に回したまま動かない。
まるで、逃がさないと言わんばかりに。
「いや、ちが、あの、これはその——」
言葉がまとまらない。
朔はゆっくりため息をつくと、桃乃をじっと見つめ——
「……お前、本当に無防備すぎるよな」
「えっ……?」
「俺が理性あるからいいけど、他の男だったらアウトだぞ」
「え、いや、でも朔さんだから大丈夫というか、安心というか……」
「……安心?」
なぜか、朔の目が危険な光を宿した気がする。
「……そっか。俺は安心なのか」
ポツリとつぶやく。
そのまま彼は、ふっと微笑むと——
「なら、もうちょいこのままでも平気か?」
ぎゅっ。
「えええええ!?!? ちょ、ちょっと待ってください!!」
強く抱きしめられた。
朔の体温がダイレクトに伝わってくる。
心臓が壊れそうなくらい速くなる。
「お前が自分で転がってきたんだから、責任とれよ?」
「無理無理無理無理!! ほんとに無理!! すぐどいてください!!」
「はは、そんなに暴れたらまた転ぶぞ?」
「ぎゃあああ!! もう降参します!!!」
桃乃の必死の懇願に、朔はやれやれと手を離した。
けれど——
「……なんか、そういう無防備なとこ、面白ぇな」
小さく笑う彼の顔が、妙に楽しそうだったのは気のせいだろうか。
