——温泉宿、夜。
「……お前、何してんだ?」
朔は呆れたように腕を組み、目の前の光景を見下ろしていた。
そこには——
「ち、違うんです!! これは事故で!!!」
床に倒れ込んだ桃乃と、浴衣がはだけてしまった朔。
しかも桃乃の手は、なんというか、かなりヤバい位置にある。
「事故ねぇ……」
「ちがっ、わざとじゃないです!!」
ことの発端は、部屋の隅にあった温泉宿名物のマッサージチェアだった。
桃乃が「あ、これやってみたい!」とノリで乗ったのはいいものの、スイッチを入れた瞬間、とんでもない勢いで振動しはじめたのだ。
「ちょっ、これ、やばっ、ぶるぶるするっ!!」
「おいおい、そんなに弱くねぇだろ」
「いやいや! これ想像以上に——ひゃぁっ!!」
バコンッ!!!
あまりの衝撃で桃乃はバランスを崩し、目の前にいた朔にダイブ。
さらに運悪く、朔の浴衣の帯が緩んでいたため、勢いで前がはだけてしまったのだった。
「……お前なぁ」
「ご、ごめんなさいぃ……」
必死に謝る桃乃。
朔はため息をつくと、浴衣をさっと直して床から立ち上がった。
「……まぁ、風呂上がりに帯をしっかり締めてなかった俺も悪い」
「そ、そうですね! じゃあ、これはお互い様ってことで!」
「いや、お前の方が100倍悪い」
「ええぇぇぇ!?」
「つーか、お前、俺のタトゥー凝視しすぎだろ」
「えっ!? い、いや、べ、別にそんなこと……!」
「……なぁ」
朔は少し意地悪そうに微笑むと、桃乃の顔を覗き込んだ。
「そんなに気になるなら、今じっくり見せてやろうか?」
「え、いや、それは……っ!!」
「ほら」
肩のタトゥーをちらっと見せる朔。
「ちょ、近い近い近い!!!」
「……さっきまで、もっと密着してたけど?」
「ぎゃぁぁぁあ!! 忘れてください!!!」
顔を真っ赤にしてバタバタする桃乃を見て、朔は小さく笑った。
——とんでもない事故だったが、結果として桃乃をからかういいネタができたらしい。
