鏡映しのマリアージュ

原仲「お前らマジで付き合ってねーの……?」

唐突な問いかけに明はキョトンと固まる。かと思えばすぐに真顔で片手を顔の前で左右に振る。

明「蕾?まっさかそんなわけ」
矢巻「好きとかそういうのも」
明「ないない。幼馴染に夢見すぎー」
矢巻「まあメイ、物静かで奥ゆかしい子がタイプって言ってたもんね」
明「蕾じゃ正反対もいいところだろ?」

ちょんまげをぴょこぴょこさせる明の向かいで、原仲が面白いことに気付いたといった風に人差し指を突き立てる。

原仲「それって妹のほうじゃね!?あの子お淑やかの権化じゃん」
矢巻「確かに。雫ちゃんだっけ?」

興味津々で明の返答を待つ2人。明の頭の中に、ほんの一瞬、雫の笑顔が浮かび上がってくる。

明「馬鹿なこと言ってね―で手ぇ動かせ」

立ち上がった明は原仲の頭を軽く小突き、水道場の方へと歩いていく。

明(……調子狂うっての)

刷毛をジャブジャブと洗う明はむず痒そうに首筋に手を回す。

◯同時刻・視聴覚室
祭り当日に使う装飾を制作中の教室には2年生女子が10名ほど集まっており、その中に蕾と雫も混ざっている。
友達と雑談しながら作業をする蕾の横で、人見知りを発動させて黙々と花飾りを作る雫は密かに溜息を吐く。

雫(抱きついたことに対する羞恥心のせいで、あからさまに凪くんを避けてしまった)

先程の失態を振り返り脳内反省会を開催する雫。

雫(好きな人相手にとる態度ではない…けど)

光を透かす薄い紙がクシャリと音を立てる。そのとき、雫の向かい側に座る実琴(2話登場。蕾の友達)が感嘆の声を上げる。

実琴「すっご、雫ちゃん超器用」
女子生徒②「ほんとだ、めちゃくちゃ綺麗!」

悶々としている間に机に積み重なっていた立派な花飾りに、どんどん人が集まってくる。

「生で見るとつぼみんそっくりー」
「つぼみんをグッと清楚にした感じ」
「小動物みたいでかわゆい」
「めっちゃ頭いいんだよね」
「常に学年トップ層に君臨してるとか」
「つぼみんの妹ちゃんすごっっ」

大勢の人に囲まれるという不慣れな状況におろおろする雫。そんな雫を見かねた蕾が「ちょっとみんな、そんな一気に…」と助け舟を出そうとするも、一足早く雫は視聴覚室を飛び出す。

忽然と消えた雫に女子生徒達が唖然とする中、蕾は肩を竦める。

◯廊下
無我夢中で視聴覚室から逃げてきた雫は人気の少ない廊下まで出たところで、はあ、と一息吐く。

雫「思わず脱走してきてしまった……」

己を責めるように項垂れる雫は、とぼとぼと足を前に進める。

雫(蕾ちゃん友達多いなあ。私とは正反対)

足元を見てぼーっとしながら歩く雫の耳に「凪~」と呼ぶ男子生徒の声が飛び込んでくる。雫は反射的に声の発生源である空き教室の方を向く。

男子生徒「ここの部分ってどういうこと?」
凪「あー多分これはね~」

差し出されたプリントを覗き込む凪は、ふと扉の方から視線を感じて顔を上げる。

雫(見つかるっ!)

焦った雫は大慌てで教室前から立ち去る。しかし、凪の目は見慣れたシルエットをしっかり捉えていた。

凪「……しずく?」

やはり意図的に自分のことを避けているような雫の姿に、凪は怪訝そうに小首を傾げる。

パタパタと小走りで教室から離れた所まで移動した雫は疲労と心労のあまりその場にしゃがみ込む。

雫「またやっちゃった」

水道の近くの壁にもたれかかる雫は膝に乗せた組んだ腕に顔の下半分を埋め力なく呟く。

雫「でも、仕方ないんだよ……」
雫(迂闊に目を合わせたら、それだけで想いが溢れ出しそうになるんだもの――)

◯数日間に渡る学校生活の様子のダイジェスト
雫(その後も、私は徹底して凪くんとの交流を回避し続けた)

「しず…」と話しかけようとする凪を「小梅ちゃん、次移動だよ~」と強引に躱す雫、グループワークの際に同じ班なのにもかかわらず敢えて一番遠い対角線上の席を確保する雫、凪が席の近くを通りかかっただけで手持ちの教科書やノートで顔を隠す雫の描写。

◯そんなこんなで数日が経過したある日
SHRで担任の先生が教卓の前で喋るなか、雫は机の下で1人ガッツポーズを取る。

雫(よしよし、この調子でいけば大丈夫なはず)

かなり初期の段階で怪しまれている時点で全く順調ではないのだが、雫は満足げにほくそ笑む。

先生「特に連絡事項もないしな、日直号令ー」
日直「きりーつ、礼ー」

女子生徒の号令に合わせてお辞儀をした雫は俊敏な動きで鞄を手にすると、一目散にドアを目掛ける。

雫(なるべく接触しないうちにっ)

いそいそと廊下へ出ていこうとする雫の前にそこにはプリントの束を抱えた楠木が立ち塞がる。

楠木「朝比奈、優木、市民まつりの会計の件で……」

その言葉に、雫はピシリと音を立てて固まる。