鏡映しのマリアージュ

◯駄菓子屋付近の歩道

駄菓子屋を後にした凪と雫はなんとなく周辺を散歩している。

凪「このあとどうしようか。もう帰る?」
雫「そっそれはだめ!」

予想外の気迫に少し面食らう凪。雫はわたわたと焦りながらなんとか弁明を試みる。

雫「えっとお、ほ、本屋さん!に用が」
凪「あ、なるほど。じゃあ駅の方かな」
雫「う、うん」
雫(ごめんなさい、本当はほんの少しでも一緒に居たいだけなんです……)

雫は少し決まりが悪そうに足元に視線を落とす。

雫(だってこの時間が終わってしまえば優しい眼差しの向く先が、私なんかよりもうんと素敵な女の子に戻ってしまうから――)
雫(いや違う!それがわかった上でどうするかが問題なのであって)

思わずしんみりしてしまう気持ちを吹き飛ばすように頭を左右に振る雫。と、そのとき、凪のスマホから着信が鳴り響く。

凪「ごめん、電話だ」
雫「あっうん。ゆっくり先行ってるね」

「ありがとう」と口パクで伝える凪が立ち止まって電話を取るのに合わせて、1人になった雫は駅前の繁華街を闊歩する。ぼんやりする雫の爪先に、前方から転がってきたワイヤレスイヤホンがコツンと当たる。

雫「あのっすみません……!これ」

急いでイヤホンを拾い上げ、すぐ前を歩く他校の男子生徒2人組に声をかける雫。全体的に遊び人な雰囲気が漂う男子は振り向き、小さく目を見開く。

男子①「やべっ落としたの気付かなかった!あざっす」
雫「いえ……」

普段はあまり関わることのないチャラい人間に、すぐにその場を後にしようとする。しかし、そんな雫の手首がガシッと掴まれる。雫は反射的にビクッと肩を跳ね上がらせる。

男子①「君、よく見たら結構かわいいね~千坂高校の制服だ」
雫「へ」
男性②「ね、この後暇?よかったらちょっと付き合ってよ」
雫「いや、その」

あからさまなナンパに身を固くし、上手く口が回らない雫の手首にぎゅうっと力が込められる。

雫「はっ離し……」

怯えて震える雫を掴む手が、突如現れた人影によって払われる。雫を庇うようにして立つのは凪だった。

凪「この子に触らないでもらえますか」

柄にもなく顰められた険しい表情の凪は冷淡に言い放つ。

男子①「あ?なんだよお前」

がんを飛ばされても凪は怯むことなく、毅然と構える。

凪「彼氏です。わかったら早く退いてください」

その言葉に、雫は水を受けたようにはっと凪を見上げる。雫の目に映る凪はうんと凛々しく頼もしい。
攻撃的な凪に2人組は面白くなさそうに踵を返すと人混みの中へと姿を消していく。気配がなくなったことを確認した凪は、いつもの穏やかさの中に申し訳無さを浮かべた面持ちで振り返る。

凪「ごめん。俺が1人にさせたから」
雫「ううん」
凪「どこか痛めてたり……」

そう心配してくれる言葉を遮り、雫は正面から凪に抱きつく。シャツにしがみつき、胸元に顔を埋めて微動だにしない雫の頭を凪がそっと撫でる。

凪「怖かったよね」
雫「うん」
凪「ごめんね」

無言で小さく首を横に振る雫は震える声で呟く。

雫「……もうちょっとだけ、こうしててもいい?」
雫(今顔を見たら泣いてしまう。狂おしいほどの愛しさと、耳元で鳴るあいも変わらず凪いでいる心音のせいで)

凪は何を言うでもなく、雫の頭をトスンと自分の胸に押し付ける。じんと伝わる温もりに、雫の瞳から堪えていたはずの大粒の涙が溢れ出す。

雫(わからない。ずっと一緒だったのに。幼馴染なのに。もうずっと凪くんのことがわからない。いくら見た目がそっくりでも、私は蕾ちゃんじゃないのに)

雫の脳裏には先程庇ってくれた凪が口にした『彼氏です』の言葉と凛々しい面持ちが蘇る。

雫(あぁもう全部知っているのに。どうしようもなく期待してしまう。もっとひとりじめしていたくなってしまう――)