鏡映しのマリアージュ

◯夕方・優木家リビング
4人がけの食卓を囲むようにして座る凪・明・蕾・雫。眼鏡をかけた凪はゴクリと生唾を飲み込むと、向かい側に座る明に「いくよ……?」と神妙な面持ちで語りかける。机上には4人それぞれの勉強道具が散乱している。

凪「なんと大きな!」
明「ウグイス嬢!!」
凪「…鳴くよウグイス」
明「鳴くまで待った!!」
凪「怖い怖い怖い怖い」

謎に自信満々に誤答する明に、凪は頭を左右に振りながら両手で顔を覆う。その隣で雫が凪をフォローしようとワタワタと手を忙しなく空中で迷わせる。

凪「なんで巨大なウグイス嬢が奈良時代にいるの……!?」
明「可能性はなきにしもあらずじゃん」
凪「ないよ!なし寄りのなしだよ!そして『鳴くまで待った』って何」
雫「江戸時代のホトトギスがタイムスリップしてきちゃったんじゃないかな……」
凪「軽い頭の体操のつもりだったのに。こんなの聞いてない。お兄ちゃん絶望」
雫「だ、大丈夫だよ。まだテストまで2週間以上あるもん!一緒に頑張ろうっ」

遠い目をする凪とだらーんと机に伏せる明を励ます雫は「ね、蕾ちゃんも」と目の前の席の方に視線をやり、思わぬ光景に目を疑う。

雫「蕾ちゃんは……なにをしているのでしょうか?」

雫の言葉に、数学のワークで作ったバリアの中で指をリズミカルに動かしていた蕾が固まる。気まずそうに顔を背けながら冷や汗をダラダラとかく蕾。パタン、とワークが倒れるとともにアイドリのスマホゲームをしている手元が露わになる。

蕾「現在某アイドルグループのマネージャー業で大変忙しいためお答えはできかねます」
明「どこぞのアイドル育成する前に自分の脳みそ育成したほうがいいんじゃね?」
蕾「あんたにだけは言われたくないっ」

横並びで小競り合いを始める2人。すると、パキッという音が前方から鳴る。見れば、凪が持つシャーペンの芯がノートの上で折れている。凪はいつもは穏やかなその顔に凍りついた微笑みを浮かべる。

凪「なんでもいいから、とりあえず勉強、して???」
蕾・明「はい……」

◯数十分後
各々が黙々とペンを走らせる。背筋を伸ばして数学の問題を解く凪、頭を抱え込みながら教科書やノートとにらめっこをしている明、前髪をピンで止め顎の先端にシャーペンのお尻を当てて考え込む蕾。そして英語の参考書や長文の教科書を読み込む雫は、隣に座る凪を密かに見上げる。

雫(眼鏡姿の凪くんも格好いいなあ。勉強するときだけだからちょっぴり希少。教室だと背中しか見えないし)

癖1つない黒い前髪が文字を書くたびにサラサラと微弱に揺れ、純粋で澄んだ瞳に影を落とす様をそっと見つめる。

雫(ほんの少し動けば肘と肘が触れてしまいそう。教室の中よりもうんと近くに感じられる。以前ならなんでもなかったようなことが今は堪らなく嬉しい――)

その時、ふと隣からの視線を感じた凪が雫の方に首を傾ける。その眼差しはどこまでも優しくあたたかい。

凪「どうしたの?」

凪はそう言うと、自分の身体を雫の方に寄せ、広げている教材を覗き込む。

凪「難しい問題あった?」
雫「いやあのそのえっと……」

予想外の至近距離に心の準備が間に合わず、雫は蒸気を発しながらしどろもどろになる。その正面で突然「んだあ~っ!」と投げやりな声が上がる。

明「おい世の作者どもよ、『月が綺麗ですね』とかいう回りくどい表現に長年疑問を抱いてきた代表として物申させてもらうけどなぁ、まっじで婉曲的な言い回しばっかすんなや!そんなんじゃ伝わるもんも伝わんねえよおっ」
蕾「完っ全に水掛け論モードに突入したね」
凪「月が綺麗は文学的でロマンチックでしょ」
雫「派生語みたいなのもいっぱいあるぐらいだしね」
明「ほーら頭のいい人はそう言う!もう嫌!!せっかく4人一緒なんだから遊びたいー!!!」

愛用しているライオンのぬいぐるみ型の筆箱のヒゲを引っ張ってゴネる明を凪が必死に宥める。

凪「今回ばっかりは赤点回避しなきゃでしょ。なんせ今回の勉強会のタイトルは、はいっ」
雫「赤点防止!なにがなんでも修学旅行に行くぞの会」
蕾「落単候補者は修学旅行返上で補習漬けらしいからね」
明「それ、ただの脅し文句じゃなかったん?」
雫「一学期赤点だらけでピンチなんでしょう?」
凪「実質めいのための勉強会だからね、これ」
明「精一杯頑張らせていただきます……」

気分を変えて日本史の勉強を始めた明と、それに付き合い先生をする蕾。

明「和気清麻呂って誰?何した人」
蕾「宇佐八幡信託事件ってわかる?」
明「なにそのカッコ良さげな字面」