鏡映しのマリアージュ

◯帰宅後・朝比奈家リビング
蕾(いつになったら学習するんだこの生き物は!忍んでオタ活するなら徹底的に忍ばんかい!!)
雫「あ、蕾ちゃんおかえり」
蕾「ただいま…って、わあ~!どしたのこのケーキ!!」

行き場のないもどかしさを抱えていたことを忘れたかのように瞳を輝かせる蕾。食卓の上の箱にはいちごのショートケーキとガトーショコラが一切れずつ入っている。

雫「昨日の夜お父さんが買ってきてくれたんだって」
蕾「神じゃん。どっちもおいしそ~」

ウキウキで手を洗う蕾を眺めながら雫はボーッと思考を巡らせる。

雫(蕾ちゃんはどっちがいいのかな……)

じっと見つめていたケーキが突然お皿ごと宙に浮く。

蕾「はい!いちご?チョコ?」
雫「えっい、いちご!」
蕾「では君にこちらを授けよう」

反射的に本音をこぼした雫に、蕾は両手に掲げたお皿を1つ差し出す。ポカンとした顔でいちごのショートケーキを受け取った雫は待ったをかける。

雫「つ、蕾ちゃんは?」
蕾「私は別にどっちも好きだしー。というか多少強引にしないと、雫すぐ私に決定権委ねちゃうでしょ?」
雫「う」
蕾「昔っから変わんないね、遠慮しいなとこ。もし私が雫の欲しいもの先に選んだとしても頑なに譲ろうとしてくれるし」

蕾はフォークをケーキに突き刺し、淡々とした面持ちで言葉を続ける。

蕾「気遣い上手なのは雫の紛れもない長所だけど、ふと不安になるんだよね……この子『誰かのためになるなら』って、自分の一番大切なものでさえもいつかあっけなく手放しちゃうんじゃないかって」

凪への想いを閉じ込めようとする現状と重なった雫は、ハッと目を見開く。

蕾「私は雫が後悔して泣いてる姿なんて見たくない。私ほど強欲にとまでは流石に言わないけど、雫はもっと我儘に生きていいんだよ。我慢していい子でいてくれるよりも、かけがえのない宝物を抱えてちゃんと幸せに笑っていてくれる方が、私は嬉しい」

蕾は年端のいかない子どもを見守るような慈愛に満ちた眼差しで、ガトーショコラを乗せたフォークを差し出す。

雫「……ありがとう蕾ちゃん」

雫はパクっとフォークに食いつき、晴れ晴れとした笑顔を見せる。

雫「私、頑張ってみるね!」
蕾「なにを?」
雫「いろいろっ」

◯夜・蕾の部屋
勉強机に向かい、ノートとワークを広げる蕾は物憂げに思考を巡らせる。

蕾(あんな偉そうなこと言っちゃったけどどの口がって感じだよねー)
蕾「まぁ、今更雫にしてあげられるお姉ちゃんっぽいことなんてあれぐらいしか……」

左頬を机の表面にくっつけながらシャーペンを弄る蕾は、大量のグッズを飾った棚の方に目線をやる。

蕾(疲れた心を癒やしてくれるのは、いつだって画面や紙面の向こうで輝く世界。たとえ触れられなくても目が合うことがなくても、ただ変わらず存在してくれているという事実が私に活力をくれる)

立ち上がった蕾は窓の方へ歩み寄り、閉ざされたカーテンに手を添える。

蕾(でもこんなとき、無性に聴きたくなる声は、恋しくて堪らなくなる姿は、やっぱり―)

シャッ…と静かに音を鳴らしてカーテンを引く蕾。開けた視界に飛び込んできた光景に、思わずまつ毛が上向く。

蕾「めっ明…!?」

その先には、蕾と同じように少し驚きながら自分の部屋で窓に面して立ち、ロックされた鍵に手をかけている明の姿が。蕾の顔が明の部屋から漏れる照明にほのかに照らされる。それぞれの窓を開けた2人は、わずかに覗く夜空を挟んで対面する。

明「びっっっっくりしたー」
蕾「それはこっちのセリフよ…」
明「そっちに行こうとした瞬間に出てくんだもん。軽くホラーじゃん」
蕾「人を生き霊呼ばわりしないでくれる!?」