鏡映しのマリアージュ

○登校前・朝比奈家にて
玄関で靴を履いた制服姿の雫(肩下まで伸びた髪の毛をおろす真面目そうな清楚系女子。重めな前髪と小動物を連想させる潤んだ瞳が特徴)が階段の上を覗き込む。

雫「蕾ちゃーん、そろそろ出なきゃ本格的に遅刻しちゃうよ?」
蕾「うあーまだ支度が…っ!ごめん先行ってて!超特急で追いかけるから!!」
雫「は〜い」

ドタバタと忙しない物音を耳にしながら間延びした返事でゆったりとドアの取っ手に手をかける雫。

雫「いってきまあす」

そう紡ぐ口の端は僅かに持ち上がっていて、表情は心なしか明るい。

雫(そういえば、いつからだろう。朝、夢から目を覚ますとき。玄関の扉を開くとき。不思議と無性に弾んだ心がソワソワと落ち着かなくなったのは――)

そっとドアを押し開けた雫の目に、家の前で背筋を伸ばして立つ同じ高校の制服に身を纏った1人の男子…凪(艶やかな漆黒の髪と瞳が特徴。爽やかで端正な顔立ち。垂れ目がちで涙ぼくろが印象的)の姿が飛び込んでくる。

凪は家から出てきた雫を、ふわりと柔らかい爽やかな笑みで迎える。

凪「おはよ〜しずく」
雫「凪くんおはよう。……あれ?明くんは?」
凪「めいはねー寝坊。絶賛頑固な寝癖と格闘中」
雫「ふふっ。蕾ちゃんとお揃いだ」

異様にほわほわした穏やかな空気を保ったまま、寄り添うように並んで建つ一軒家それぞれに掲げられた『朝比奈』と『優木』の表札を背に歩き出す2人。

街路樹が等間隔で植えられた歩道を雑談を交わしながら進んでいく。

凪「今日、英単語小テストかあ。勉強した?」
雫「うん。復習がてらに一応」
凪「さっすが我らがしずく、優等生の鑑〜」

眩しい朝陽に照らされながら柔らかく笑う凪を上目がちにじっと見つめる雫。

曲がり角に差し掛かった瞬間、かなりスピードを出した自転車の影が不意に前方に現れる。

「わっ」と小さく悲鳴を上げるも、下手をすればすぐさま自転車が身を掠めそうな距離感に雫は咄嗟に身動きが取れない。

雫(ぶ、ぶつかる…っ!)

反射的に目を瞑る雫。怯えるその肩を、凪がそっと自分の方に抱き寄せる。

間一髪で衝突を回避した自転車に乗る男子生徒は、すれ違いざまに「すみませんっ」と焦ったようにガバリと頭を下げ、そのまま走り去っていく。

凪「危機一髪だったな…なんともない?」
雫「あっありがとう、庇ってくれて」

凪の胸に身体を預ける雫は、背後から手を回しながら至近距離に迫る幼馴染に不覚にもドギマギする。分かりやすく頬を赤らめる雫とは対照的に、凪は「よかった〜」と安堵の息を吐くと、何も意に介していないかのようにあっさりと手を離す。

凪はさりげなく車道側に進み出て再度歩き出す。

雫(幼馴染の凪くんはいつも冷静。何事にもなびかない。まるでどこまでも静かな朝凪のように……)

少し寂しさを感じていたその刹那、ゴンッ!という派手な衝突音が雫の左隣から上がる。見れば、道脇にそびえ立つ電柱に頭をめり込ませるようにぶつけている凪の姿が。

雫「な、凪くん…!?」
凪「痛あ…」

呆気に取られつつも心配げな視線を送る雫を安心させようと涙目になるのを必死に堪える凪。

凪「ちょっと足がもつれて…」

平気な素振りで笑いかける凪だが、間髪入れずに街路樹の幹で顔の側面を強打する。「へぶっ!」と声を漏らし、負傷部を手で押さえながら校門前で蹲る凪に雫は「わーっ!」と狼狽えながら駆け寄る。

雫「だっ大丈夫?」
凪「……どうしよう雫」
雫「?」
凪「今ので昨日覚えた英単語、全部頭から飛んでったかも」

ムクリと顔を上げた妙に神妙な凪の発言にピシャーンと固まる雫。

雫「リ、retainっ」
凪「リテ……?」
雫「これは事件だあ」

素直なあまり顔を青ざめさせる雫と放心状態の凪の2人を登校中の生徒達が「なんだなんだ」と訝しげに追い越していく。そんなカオスな空間に『ダダダダダッ!!』とけたたましい足音と共に蕾(愛らしい見た目とふわりとしたポニーテールが特徴。常に明るいオーラを纏っている)と明(少し明るい地毛をショートマッシュにした、快活さが特徴の少年)が近付いてくる。

蕾・明「ぬわあああ!!!!」