涙の向こう側


「わたしは捨て子だったので施設育ちで親も居ないし、独りぼっちなんです。生活も苦しくて、家賃を滞納して、今月中には退去してくれって言われて、、、頼る場所も頼れる人も居ないし、、、。」
「生活が苦しいなら、生活保護という選択もありますよ?」
「いえ、、、生活保護って、税金じゃないですか。わたしなんかに使うなんて、税金の無駄遣いです。わたしが居なくなっても悲しむ人は居ない、、、。それなら、居なくなった方が、、、」

わたしがそう言うと、上谷先生は「僕は、悲しいですよ。吹田さんが居なくなったら。」と言った。

「先生は、どうして泣いてるんですか?」

わたしがそう訊くと、上谷先生は親指で涙を拭い、「申し訳ありません。」と言ったあと、「僕も、、、吹田さんと同じような境遇なので。」と言った。

「先生も?」
「僕は、、、5年前に事故で妻を亡くしてるんです。丁度、妻が妊娠8ヵ月の時でした。すぐに病院に運ばれましたが、僕が駆け付けた時には、既に妻もお腹の子も息を引き取っていました。」

上谷先生の言葉に、わたしは胸が締め付けられた。

同時に2つの命、二人の家族を失う悲しみをわたしも痛いほど分かっているからだ。

「僕も実は施設育ちで親は居ません。だから、一人になって生きている意味が分からなくなりました。それで、吹田さんと同じ方法で死を選ぼうとしました。オーバードーズですね。でも、、、僕も失敗したんです。ただ具合悪さが残っただけで、死ねなかった、、、。その時、思ったんです。妻に生かされたんじゃないかって。あなたには、あなたにしか救えない患者さんがいるでしょ?って。妻は僕の開院したクリニックの看護士だったんです。だから、僕は生きていこうと決めたんです、、、妻と生まれてくるはずだった子どもの分まで。」

そう話す上谷先生の表情があまりにも切なくて、悲しみに溢れていて、わたしはどう言葉を掛けて良いのか分からなかった。
いや、敢えて何も言わなかった。

だって、何を言われたって、悲しみは消えない。

そのことは、わたしがよく実感しているんだから。