身代わり婚~光を失った騎士団長は、令嬢へ愛を捧げる

 レオンは馬場で愛馬を駆けさせ、それから騎士たちを相手に剣の稽古をつける。
 汗でも流せば、この原因の分からないもやもやした気分を晴らせると思っていたが、どうやらそんなに簡単なことではないらしい。

「次は!」

 何十人と騎士たちを相手にしたレオンが声を上げた。

「……もう、無理です」

 ぼろぼろになった騎士たちは小さく呻く。

「いい加減にしてください、団長」

 副官が呆れ混じりにやってくる。

「ゾーイ。お前でいい。剣を持てっ」
「結構です。あなたの八つ当たりのせいで扱かれるのはごめんですからね」
「八つ当たり?」
「ええ。マリアさんが不在なんでしょう」
「どうしてここにマリアが出てくる。関係ないだろ。最近、たるんでいるから少し気合いを入れてやってるだけだ」
「むしゃくしゃしていると、顔にと書いてありますよ。さ、仕事の時間ですよ。大人しく執務にお戻り下さい」

 分かったと頷いたレオンは、騎士たちに目を向ける。

「お前ら、何してる。さっさとしゃんと立て!」
「は、はぃ!」

 ゾーイに従って、団長室に戻る。

「扱くのは、ほどほどにお願いしますよ。週末の務めに支障が出ては元も子もありませんから」
「務め?」

 はぁ、とゾーイが深いため息をつく。

「普段とは違って、集中力に欠けていますね。先週、お伝えしたはずです。花祭りの警備の件です」

 花祭りは夏の半ばに催される祭典だ。
 夏の女神をたたえるために街中を花で飾り付ける。
 この祭りには内外から大勢の見物客が訪れて賑わうのだが、人が集まるところには必ず揉め事が発生する。
 レオンとしては騎士団の仕事ではないとは思うが、国王からは衛兵と連携して街の治安維持に務めるようにと命令が下っていた。

「――で、団長、これが週末の計画表です」
「そうか、おいておいてくれ」
「本当に大丈夫ですか」
「散々あいつらを鍛えた後なんだぞ。少しくらい休ませてくれ」

 正直言うと、今は細かい文章に目を通すのが億劫だった。

「それでは困りますので、読み上げます」

 容赦のない副団長は滔々と読み上げる。
 全てを聞き終え、「それで問題ない」とレオンは言った。

「分かりました。では、後の細々としたことは全て私が処理しておきますので、今日のところはお帰り下さい」
「まだ書類仕事は残っているだろう」
「そんなだれた顔でいられてはこちらが困ります」
「……後は頼む」
「分かりました。ちなみにマリアさんが商会の仕事を終えられるのは、いつくらいになりそうですか?」
「明日か、明後日か。マリアの本業だから無理は言えないだろう。それがどうかしたのか」
「週末までに戻られるのを期待しています。そんな腑抜けた様子で花祭り警備の指揮は任せられませんから」

 レオンは屋敷に戻るために馬車に乗ると、どっと疲れが出る。
 ゾーイに追いたてられるようにして、夕方を待たずして屋敷に戻ることになってしまった。
 屋敷に戻ったら夕食をとる前に仮眠でもとろうか。そうしたらこの気分の沈みも、多少ましになるかもしれない。

(いや、その前に、ぐずってるマリアンヌをあやさないとな。ふぅー……すっかりマリアに甘えてしまっていたな)

 ここ数日、屋敷に戻ると使用人たちの阿鼻叫喚が待っているのだ。
 馬車を降り、屋敷に入った。
 メイドたちがいつもより早い帰宅に驚き、深々と頭を下げて出迎える。

「おかえりなさいませ、公爵様」
「ああ……」

 億劫に応えるが、違和感を覚えた。

「……マリアンヌは?」
「救世主様が……あ、いえ……マリア様が?」

 と、廊下の向こうから見馴れた人の姿に、目を瞠る。

「マリア……?」
「レオン様、おかえりなさいませ」
「っ」

 マリアを見た瞬間、ずっと胸にわだかまっていた正体の分からないもやもやしたものが嘘のように消えていくのを実感し、自然と頬が緩んでいた。