身代わり婚~光を失った騎士団長は、令嬢へ愛を捧げる

 レオンは、マリアを見送る。
 マリアンヌははしゃぎ疲れたのか、腕の中で寝息をたてていた。

(本当に不思議だ)

 何かマリアが特別な技能でもあるのかと見ていたが、別にメイドたちと変わらない。
 抱き方が少し危なっかしいところはあったが。
 それにもかかわらず、マリアンヌはまったくぐずらないどころか、すっかり気を許していたように見えた
 知らない人を見ると、誰かの後ろに隠れたりすることもよくあるのに、たった一度会っただけのマリアに懐いていた。
 レオンは執務室に戻ると、眠っているマリアンヌを揺りかごに寝かせる。
 机には報告書の束が置かれている。
 アスターシャと名乗っていたレオンの妻に関するものだ。
 もう一体どれだけの金をつぎ込んだか分からない。
 そして何度分厚い報告書を受け取ったか分からない。
 結果は全て同じ。
 ご依頼の人物は見つかりませんでした。
 光を失っていた時、献身的に支えてくれていたアスターシャと名乗る女性はどこの誰なのか。
 目の治療を終えたレオンが屋敷に戻った時、自らをアスターシャと名乗る赤毛の女が、レオンの知るアスターシャではないことは明らかだった。
 その女は歌をろくに歌えず、そして鳥のさえずりを聞いても、ただ鳥としか言わなかった。
 その女を、レオンはすぐに叩き出し、本物のアスターシャを手を尽くして探させた。
 伯爵に問いただしてもみたが、アスターシャ以外に年頃の娘はいないと言われた。
 アスターシャは、自分が妻であると言い張り続けた。
 レオンはわめき散らすアスターシャと、すぐに離縁した。
 アスターシャは最後まで自分が妻なのだと訴え続けたが、嘘なのは誰よりも、レオンが一番分かっている。

(俺は誰と一緒にいた? どうして妻は、アスターシャと名乗った?)

 頼みの綱はデボラだったが、彼女たち一家はすでに引っ越した後だった。
 何があったのかは分からないが、村人たちによるとデボラは顔面蒼白で逃げるように出ていったらしく、行方も分からない。
 あの幸福な生活を失って間もなく、二年。
 彼女の声を日に日に忘れている自分がいることがショックだった。
 それでも彼女の歌声は覚えていた。
 春の明るい庭で聞いた澄んだ青空のような歌を、事故の記憶にうなされた時に聞かしてくれた子守歌を、もう一度聞きたい。
 光を取り戻したこの目で、彼女の顔を見たい。
 この腕であの柔らかく、すっぽりと腕に収まるほどに華奢な体を抱きしめ、愛を囁きたかった。
 彼女の存在が、レオンの心に光を取り戻させてくれた。
 彼女がいなければ完全に腐り、手術を受けようとも思わなかっただろう。
 レオンは机の引き出しに大切に締まっていた便箋を取り出す。
 少し丸みを帯びた几帳面な文字。
 手紙は何度も読み返したせいか、皺が寄っていた。
 彼女は確かに存在している。夢でも幻でもない。

「……今どこにいるんだ?」

 マリアンヌの安らかな寝顔を見つめながら、レオンは小さく嘆息した。