「髪を整えろ」

 わたしが鬼の隠れ里で暮らすようになってひと月あまりが経った頃、千早様が突然そのようなことをおっしゃった。

 ……ええっと、千早様の御髪を整えろと、そういうことでございましょうか?

 千早様の御髪は、いつも艶やかでお美しい。今も一分の乱れもないように見えるのだけど、千早様からすれば乱れているのだろうか。
 着物のあわせから、「必要な時に使え」と渡されていた柘植の櫛を取り出す。
 このひと月あまり出番のなかった櫛だが、ついに使用する場面ができたようだ。
 櫛を手に、畳の上に敷いた円座(わろうだ)の上に気だるげに座っていらっしゃる千早様の背後に回ろうとすると、何故か手首をつかまれた。