ジェレマイアと共に、グーレンバイツに入国したリデルはベージルーシュ侯領本邸の門番に、首から外した護符を預けて、侯爵閣下へのお目通りを願い出た。

 門番が戻って来るまでの間、閉められた門外でしばらく待てば。
 姿を現したのは、返事を携えた門番ではなく。
 声にならない叫びをあげて、必死で前に手を伸ばし、足をもつれさせながら、こちらに向かってくる男性だった。  
 リデルの実父、ランベール・フォルロイ・ベージルーシュだった。
 多分普段は落ち着いた人物なのだろうが、今は気が触れた男のように見えた。

 尋常ではない様子の侯爵閣下が門の内側から、目の前に立つリデルに片手を伸ばし、もう一方の手で間に立ちはだかる頑丈な門扉を掴んでガタガタ揺らすのを、残っていた方の門番は呆気に取られたように見ていたが、一瞬で我に返り直ぐに門を開いた。

 
 リデルに手が届くと、父は愛した女性とそっくりに育った娘を抱き寄せ
「リデル、リデル、リデル……」とただ、それだけを何度も繰り返した。


  ◇◇◇

 
 王妃と公爵が企んだ国王陛下の譲位は、思うように味方が集まらず、大きな政変も起こらずに静かに幕を閉じた。
 この国の貴族で、サンペルグ聖教会に敵対したい者など居ない。
 国内の彼等に背を向けられ、国外からでも助けが欲しい公爵は北の帝国グーレンバイツのパリロゥ商会に『力を持つ者』を何人か貸して欲しいと送ったが、それは無視された。