リデル・カーターが住むイングラム伯爵領の次期領主だった若様、ジェレマイア・コート・イングラムが領地に戻される、と聞いたのは。

 リデルが交際していたクラーク・ライナーと別れた日の夕食の席。


 専門高等学園を卒業する前に、クラークの方から申し込まれての交際だったのに、別れもまたクラークからで。
 わずか半年間の交際は、彼に振り回された形で終了した。


 悲しいというよりは、苦い想いを噛み締めて、その日の夕食を用意する。
 食欲もあまり無く、共に食卓を囲む父のデイヴには申し訳なかったけれど、おしゃべりする元気も無い。
 とにかく早く、ひとりになりたかった。


 デイヴ・カーターは、多弁だ。
 だが、きちんと娘の話も聞いてくれる。
 だから父との会話は楽しくて、リデルもその日あった事や何をどう思い感じたか、等話すことが出来た。


 しかし、今日は無理だ。
 何故なら、女生徒達から人気があったクラークから交際を申し込まれて、その場で受けた話をしたら、父が微妙な顔をしたのをリデルは忘れていない。


 その時、父は何か言いたかったかも知れないが、何も言わなかった。
 生まれて初めての愛の告白をしてくれた男性との交際に、少しばかりの期待と未来を夢見た娘に何も言えなかったのだろう。
 多分、その未来が困難である事を、人生経験が豊富な父は想像がついていたのかもしれない。