せっかく大好きな乙女ゲー世界に転生したので、聖地巡礼と美味しいご飯を楽しみます!

 甲板にあがると、海だー!!と思わず叫びだしたくなるぐらいに見渡す限り海しかない。太陽の光が水面に反射してキラキラしている。うーん、潮の香り。思ったより速度は早い、かな? 天気にも風にも恵まれてよかったなぁ。

「揺れるから気をつけてなー」
「はい!」

 いかにも屈強な船員さんが太いロープを運びながらにこやかに声をかけてくれる。今は穏やかな時らしいけれど、念の為ヘリには近づかないように気をつけよう。万が一落ちたら巻き込まれて浮かんでこられないのでは?
 作業の邪魔にならないように、大きなマストを根本から眺める。マストって一本の木から出来てるんだよね? とても太くてしっかりしてる。上の方に見張り台がついているのもあった。マストに作られた出っ張りを頼りに船員さんがするすると登っていく。なんて身軽なんだろう。
 近くにいた別の船員さんがからかうように登ってみるかと聞いてきたので、食い気味に首を振って拒否しておく。落ちずに登れる自信がないのて遠慮します……命綱がないと私にはとても無理そうだ。

 しばらく海を見ていると、ベルカンさんが迎えにきた。

「船長室で?」
「はい、そちらでジャン様とルル様もお待ちです」

 なんと、今日のお昼は船長室で食べるらしい。甲板からおりて、船の後ろ側の方に進んでいく。一番奥の部屋をノックするとドアを開けてくれたのはアーデルだった。

「ようこそ船長室へ」
「お、お邪魔しますっ」

 そうだよね、船長室だもんね。いるとは思っていたけれどわずかに声が上ずる。
 部屋の中には立派な応接セットがある。奥には執務机かな? しっかりとした机の向こうには大きな窓があって、そこにジャンくんとルルちゃん、ベステさんが居た。

「アイリーンさん、ほら、ここの眺めはすごいのよ」

 ルルちゃんに促されて窓の側まで歩いていくと、この部屋が少し張り出したようになっているのに気がついた。そこは壁一面を限界まで窓としているのでまるで海の上に浮いているみたいだ。船の後ろ側になるので、船が通ったあとにできる波がよく見えた。
 窓を覗き込んでいる間にすっかりテーブルの準備が済んだようだ。並べられたのはピタサンド。中身は海老サラダ、鶏ハムと豆ペースト、そしてさっきのデーツジャムのものだ。あとはじゃがいものポタージュ。昼は軽めが通例なので、全体的にサイズが小さめでかわいい。
 あれ、そういえばこのデーツサンド、私の作ったやつ……かもしれない。ベルカンさんが私の視線に気がついてすっと寄ってきてくれたので、なるべくこそっと聞いてみる。

「デーツのサンド、先程作ったものですか?
 お二人に召し上がっていただいて大丈夫でしょうか」
「工程を見せていただいてますし、料理長や私も毒味をいたしましたので」

 なるほど確かに一から十まで見られながら作っていたし、向こうがいいというなら気にしなくてもいいか。
 ルルちゃんが私の隣に、ジャンくんとアーデルは向かい側に座る。やっぱりアーデルも一緒に食べるのか。ちょっと緊張するなぁ。いただきます!

 海老サラダのやつは大きくて食べごたえがある。柑橘系のドレッシングがかかっていてさっぱりした味だ。鶏ハムと豆ペーストは朝食で食べたのと同じもの。合わせて食べるとまた美味しい! じゃがいものポタージュは口当たりがなめらかで、クルトン代わりに揚げた芋が浮かんでいてカリカリして楽しい。デーツサンドはさっきも少し味見したけれど、材料が良いし、一定のラインは超えている……はず。

「思った通りやっぱり美味しい……!」
「甘いサンドというのも面白いですね」
「料理長に練習しておいてもらおう」

 ルルちゃんだけでなく、アーデルもジャンくんも気に入ってくれたようで嬉しい。ルルちゃんがにこにこ食べてくれるのでこちらもつられて笑顔になっちゃうな。
 今度はうちのデーツサンドも食べてみたいと言うルルちゃんに、王都に戻ったら買い求めに行きましょうとベルカンさんが答えている。昼前に売り切れることも多かったので、早めに来ることをオススメしておいた。なんというか、献上しなさいみたいな態度が欠片もないから、こちらも気を張らないでいられるのがありがたい。

 もぐもぐとご飯を食べつつ、改めてアーデルをちらと盗み見る。ゲーム立ち絵のスンッとしたツンな表情が頭に浮かんだけど、なんというか丸くなっている、みたいな印象なんだよな。アーデルはとにかく主第一でお堅い感じだったからちょっと意外だ。日焼けはしっかりしているけれど、元騎士だけあって立ち姿もシュッとしてたし海の荒くれ的なイメージとはやっぱり違うなと感じる。それにしても身体の厚みがすごい。鍛えられているなぁ。

「アイリーンさん、アーデルがどうかした?」

 思った以上に見てしまっていたのか、ルルちゃんが不思議そうに聞いてきた。

「不躾に見てしまってごめんなさい、その、身近にこんなたくましい体型の方がいなかったもので……かっこよいなと……」

 なんと返したものかと思ったけれど、見惚れていたのは嘘ではないのでそのまま答えておく。
 少し驚いたようなアーデルが構いませんよ、と笑ってくれた。

「威圧感があると萎縮されることが多いので、格好いいとは嬉しいですね」
「確かに、アーデルの腕とか私の腰ぐらいありそうよね」

 船員さんたちも皆、力仕事だからすごい筋肉。普通のお嬢さん方には、身体も大きくて怖く感じるのかもしれないな。
 船は【ロウ=ファレン】まで行くこともあるけれど、あちらには海賊も出るらしい。襲われたときは追い返すのも船員たちでやるんだそうだ。見た目通り腕っぷしも強いわけだ。

「アーデルはもちろん、ベステもベルカンも強いのよ!」

 強い……というのは武術的な意味の?? ベステさんは護衛と聞いていたのでわかるけれど、ベルカンさんもそうなのかな。二人とも細身だし、戦っているところが想像もつかない。

「恐れながら、私たちなど師匠の足元にも及びません」
「少なくともこの船の中ではアーデルに次ぐ実力じゃないか」

 ベステさんがそうきっぱりとした口調で言うと、ジャンくんが振り返って補足してくれる。そんなに強いんだ! それに、師匠ってことはつまり、二人はアーデルの弟子ってことかな。
 簡単に超えられるようじゃ面目が立たないからな、と言うアーデルも、姉弟を見る目元が優しい気がする。当たり前だけど、アーデルには私の知る由もない年月、人生があるんだ。
 いいなぁ、なんだか素敵だな。この世界は『デザジュエ』なのかもしれないけれど、改めて、皆この世界で生きているんだと感じた。



 その後の食事も素晴らしく美味しく、他にも得難い経験をさせてもらった。まさか船内シャワールームまであるとは思わなかった。帰りの船の環境との落差が今から怖い。
 明くる日の昼頃、船は【アッシャーラ】の港町に到着した。

「お世話になりました、とても楽しかったです!」
「こちらこそ、助けてくれて本当にありがとう」
「……これからはお兄様の言うことをよく聞いて、危ないことはしないでくださいね?」
「善処するわ!」

 にっこりと即答するルルちゃん、全然反省してなさそうだ。これは大変ですね、ジャンくん。

「ベルカン」
「はい」

 ジャンくんの呼びかけに、ベルカンさんが何やら封書を渡してくれる。

「これは……」
「【アッシャーラ】にある『テルメ』の招待チケットだ」
「『テルメ』」
「天然で湧いている大きな風呂みたいなものだな」

 名前からしてそうかと思ったけれど、つまり、これが、噂の一般には入れないという温泉では?!

「いいんですか?!?」
「もし興味があれば行ってみてくれ」

 これもお礼のうち、ということらしい。こちらは招待客用で、ジャンくんたちみたいな上流階級とは別の施設のため鉢合わせしないようになっていると、ベルカンさんがかなりほっとする情報を教えてくれた。それなら是非、是非、行ってみたい!!!