(これで、よし!)


 わたしは、春海ちゃんのロッカーに入っているラベンダー色のランドセルに、家庭科室から借りてきた細くて白いミシン糸をくくりつけた。


(これを持って追いかければ、きっと見失わないはず……!)

 あの日から、昼間はボーっとしている春海ちゃんだけど、放課後になると人が変わったみたいになって特に様子がおかしい。

 教室から出ていったあと、どこにいるのかがまったくわからない。


 靴箱で待ちぶせしてみたり、おうちまで行ってみたりしたけど、春海ちゃんに会うことはできなかった。

 もちろん、誰かに聞いたって同じ。誰も春海ちゃんの行方を知らなかった。


(だから、放課後の春海ちゃんを追いかければ、きっと何かわかるはず……!)
 帰りの会が終わって、放課後を知らせるチャイムが鳴る。

(春海ちゃんは……)
 自分のランドセルを背負って、春海ちゃんの方を見た。


 すると、

『あはははははははっ』

「えっ!?」


 春海ちゃんがいきなり、大きな声で笑い始めた。


 とっても大きな声で、いつもの春海ちゃんの声よりもずっとずっと低くて、お腹の底にひびいてくるようなその声が、教室中に広がる。


「は、春海ちゃんっ」

『余計なことをするな!』

「きゃっ!?」
 春海ちゃんが、わたしを片手で突き飛ばす。


 小学6年生の小さなからだからは想像もできないくらい、強いちからだった。


『……これ以上じゃまをしようとするなら、いのちはないと思え』

「は、はる――」

 春海ちゃん、と呼ぼうとして、声が出なくなる。


 わたしを見ている春海ちゃんの目が、黒くにごったように光っていて、わたしはその場から動けなくなってしまう。




 春海ちゃんじゃない。


 春海ちゃんの姿をしているけど、わたしの目の前にいるのは、やっぱり春海ちゃんじゃない。


(そ、それなのに、どうして……)

 教室にいる他のクラスメイトは、こんなにさわいでも、誰も、何も気がつかない。

 春海ちゃんが、教室を出ていく。


「あっ……!」
 掴んでいたはずの糸は、もう、わたしの手の中にはなかった。

 慌てて後を追いかける。でも、やっぱり、廊下にはもう、春海ちゃんの姿はなかった。


「どう、して」


 どうして、誰も何も気がつかないの。

 どうして、どうして、どうして。


「……どうしたら、いいの」

 目の端に、涙がにじむ。わたしはそれを手の甲でぬぐって、自分のランドセルをロッカーから取り出した。