柊哉side
 救急へ応援に行き、そのままオペに入った。CT画像を見る限り可能性はあると信じていたが、実際に開頭するとすでに絶望的な状態。このまま何もしなければ確実に命は救えない...少しでも可能性があるのならと手を動かした俺に、水島先生は静かに首を振った。
 医者は神ではないから、救えない命がある事は充分に思い知ってきた。しかし頭では分かっていても、自分の無力さに絶望しどうしようもなく心が張り裂けそうになる。それでも冷静に対処し、心が壊れないよう自分で保っていかなくてはならないのが医者の仕事だ。

 オペ着を脱ぎ、水島先生と共にご家族が待つ待機室へと足を向ける。悲情な報告も冷静に務めなければならないが、そこに待っていたのは女性の夫とまだ一歳ほどの小さな女の子だった。その瞬間、なぜか優茉の事が頭に浮かび、ドクンっと心臓が痛いほど強く打ち付け頭が真っ白になった。
 ...この女の子が優茉の境遇と重なったから?それとも、この男性がもしも俺だったらと怖くなったからか...?
 心拍が乱れ声が出ない俺に代わり水島先生が状況説明をすると、その男性は声もなく肩を震わせ、泣き出した女の子をただ強く抱きしめていた。
 
 モヤモヤと霧がかった心を誤魔化しながらその後も仕事を続け、集中する事で一時的にでも忘れようとひたすら作業をしていた俺は、橘先生に「もう帰りなさい」と言われ重い腰を上げた。
 今まで誰かに弱音を吐いたり心の痛みを話した事など一度もない。それでも、彼女なら受け止めてくれるような気がした。ありのままの、弱い俺を。