エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

柊哉side
 約一ヶ月ぶりにマンションへ戻り、明日からの荷物を準備していた。学会に参加するにあたり必要になりそうな物を揃え一旦テーブルへ置く。荷物を詰め始めた時、事前に読んでおこうと思っていた論文が病院に置いたままだった事に気がつき、取りに行くため家を出た。
 それだけを持ちすぐに戻るつもりだったが、医局で橘先生と話し込んでしまい少し遅くなってしまった。足早に部屋に戻ると、玄関には優茉の靴がありリビングには明かりが灯っている。
 話があるとメッセージをもらった時は心臓をギュッと掴まれたように苦しく、とうとうこの時が来てしまったのだと目の前が真っ暗になった。覚悟はしていたはずなのに、今でも話を聞くのは怖い。
 意を決してリビングの扉を開くと、そこには呆然と立ち尽くしている彼女の姿があり、俯いたまま俺が戻ってきた事にも気づいていない様子で一点を見つめている。その視線の先を辿ると、彼女の手にはあのクローバーが握られていた。
 ...どうして、それを?
 俺の声に反応しハッと顔を上げた彼女は、戸惑いの表情を浮かべている。しかし、思いもよらない優茉の言葉に俺は息を飲んだ。
 きっと、彼女とこうして話をする事も最後になるだろう。それなら、もう全てを打ち明けようと思った。

 「このクローバーをもらった時、俺は優茉を泣かせてしまったんだ。...覚えている?」
 「...もしかして、お母さんの所に一緒に行こうって言ってくれたこと、ですか...?」
 「そう... 自分でも、なぜあんな事を言ったのかわからない。だけどあの時の優茉の泣き顔が焼き付いて、あれ以来何度も何度も夢に出てきたんだ」
 「...夢、に?」
 「優茉は俺にとても温かい優しさをくれたのに、俺は無神経な言葉で泣かせてしまいそのせいで発作が起きて...。苦しそうな優茉に俺は何もしてあげる事が出来なかった。多分ずっと、後悔していたんだ」
 「そんな...違います。私、あの時とても嬉しかったんです」
 「...え?嬉しかった...?」
 「はい。私は幼い頃、お母さんのいるお空に行くにはどうしたらいいのかとよく考えていたんです。でも誰に聞いても悲しい顔をされたり怒られたり...。あの時、初めて私の気持ちを認めてもらえた気がしてすごく嬉しくて涙が溢れたんです」
 「...ふっ、俺は二十年以上もずっと勘違いをしていたんだな...」
 「そんな事とは知らずに、すみません...」
 「いや、でも俺はあの時優茉の病気も抱える悲しみからも救ってあげたいと思った。初めて医者になりたいと心から思えた瞬間だったんだ。俺が医者になれたのは、優茉のおかげなんだよ」
 「そんな... じゃあ、前に言っていたお医者さんを目指すきっかけをくれた女の子って...私だったんですか?」
 「ずっと黙っていてごめん。優茉は昔の記憶がほとんどないと言っていたし、良い思い出でもないだろうから無理に思い出す必要はないと思ったんだ」
 「でも...どうして?どうしてそれが私だって分かったんですか?その時以来、柊哉さんには会っていませんよね...?」