柊哉side
 ハッと目が覚め映し出された景色に一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。二秒後には、あぁ日本に戻ってきたんだったなと思い出し次の瞬間には「またこの夢...」つい口から言葉が漏れていた。

 帰国し病院近くのマンションに着いたのは数時間前。段ボールだらけの部屋で片付けよりもまず睡眠を選んだが、二時間ほどで目が覚めてしまった。もう夢の話なのか現実にあった事なのかも分からないほど、何度も何度もみる夢がある。そして毎回必ず同じ所で目が覚める。
 夢でみすぎたせいで曖昧になってきているが、確かに子どもの頃にあった現実の話だ。
 俺の心を大きく揺さぶった出来事...
 すっかり目が覚めてしまい、空っぽの冷蔵庫から水を取り出して飲み干す。スーツケースに手をかけ荷物を整理しながら、十一歳のあの日のことを考えていた。


 あれは真夏の日差しが容赦なく降り注ぐ八月。夏休みにも関わらず、出かける事もなく毎日毎日習い事とその宿題に追われる日々を過ごしていた。
 母は四年前に事故で亡くなり、病院の院長として多忙な父とは同じ家に住んでいてもあまり会うこともない。俺を後継として優秀な医者にする事しか考えていないのだろう。幼稚舎からエスカレーター式の学校に通い放課後は様々な習い事をさせられ、お手伝いさんが作るご飯を食べて眠る。
 医者になる選択肢しかなく、淡々とこなす毎日に自分の意志もない。俺は何の為にこんな日々を過ごしているのか、この頃自分でもわからなくなってきていた。

 あの日も、あと一時間ほどで家庭教師がやってくるというのにただぼんやりと机の上の宿題を眺めているだけ。外に出たくなりそっと玄関のドアを開け家を抜け出し裏道を通って隣接する病院の中庭まで歩いた。隅にある木陰は緑に囲まれていて、真夏でも風が吹くと涼しいお気に入りの場所だった。
 ここはたまに気分転換に訪れる場所で他に人がいた事などほとんどないのに、その日は先客がいた。
 パジャマを着た女の子。四.五歳だろうか、腕には点滴の痕が痛々しく残っている。
 一人で気分転換したかったはずなのに、気がつけばベンチに座って折り紙を折っているその女の子に声をかけていた。
 「何してるの?」
 びくっと肩を揺らしゆっくりと振り向いた彼女は...少し癖のあるふわふわとした髪の毛に真っ白な肌と大きな黒目がちな瞳。可愛らしい顔立ちにピンクのパジャマ。まるでお人形さんの様だと思った。
 「お兄ちゃん、だぁれ?」
 「俺は香月柊哉(こうづき しゅうや)。こんな所で折り紙してたの?」
 「うん、見つからないようにここにいたの...」
 どこか寂しげで消えてしまいそうな儚さを感じるその子を、なぜか放っておけないと思い隣に座った。