就職が決まってから一人暮らしを始めた家までは三十分ほどで着き、ルームウェアに着替えるとさっそく料理にとりかかる。
 私に料理を教えてくれたのはおばあちゃんで、昔から祖父母は小さいながらも近所で評判のお弁当屋さんを営んでいる。
 「いただきます」
 お行儀はよくないけれど、ご飯を食べながら仕事のメモ帳を開き、脳外科の看護ケアの本を読むのが最近の日課。片付けを済ませシャワーを浴びて寝る準備を整えると、本棚の上に置いてある写真に「おやすみなさい」と手を合わせてからベッドに入るのが私の毎日のルーティンだ。

 写真に写っているのは、一歳になったばかりの私を抱く母。体調を崩した私を病院に連れていく途中で交通事故に遭い亡くなったそう。なので母の記憶はなく、父は商社勤めで忙しく私が幼稚園の頃海外勤務となり今もアメリカにいる。
 その為親と暮らした記憶はほとんどないけれど、父方の祖父母が愛情を込めて育ててくれたお陰で寂しいと思った事は一度もなかった。生まれつき体が弱く風邪をこじらせては入院していた面倒な私の事も、見捨てず育ててくれた祖父母には本当に感謝している。...とは言っても、私は小さい頃の記憶が乏しく何故かほとんど覚えていないのだけれど。
 
 ベッドに入ってからは、唯一の趣味である読書タイム。柔らかい毛布にくるまって大好きな推理小説を読むこの時間がたまらない。
 恋愛小説も大好きで、自分でも書いてみたいという思いが募り、三年ほど前からケータイ小説の執筆も始めた。次のプロットを考えたり、買ったばかりの小説を読みリラックスタイムを堪能してから間接照明のあかりを落とす。
 他人から見れば変わり映えのない毎日だけど、私にとってはこれが落ち着く。今日は新しい本を買えたとか、味付けが上手くできたとか仕事が順調だったとか。そんな小さな喜びを感じながら生きる日々が好きだし、これからもずっとこのまま平和な毎日が続いていけばいい...そう思っていた。