エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 翌朝、申し送りが始まると昨夜運ばれた患者さんの情報共有がなされる。山岸康太さん三十六歳男性、事故による脳挫傷でオペ。別の持病もあり難しいオペが予想された為、昨夜先生が呼ばれたよう。
 入院に関する書類を用意しているとご家族がみえ、オペを執刀した香月先生と私が説明に入る事になった。

 まずは先生が病状について説明し、退室された所で私が入院に関する諸手続きを進めていく。同意書や書類に奥さんが記入されている間、横に座っていた五歳くらいの男の子は俯いてじっとしていた。
 先ほど先生が説明されていた時、奥さんは涙を流していた。突然の事故と緊急オペ...まだ気が動転していてもおかしくない。きっとこの子は、母親の涙を見て幼いながらも事の重大さを感じているのだろう。
 山岸さんは幸いにも命の危険はほとんどなく、リハビリをすれば元の生活に戻れるはずだと聞いた。きっと不安な気持ちでいるだろうこの子にも、それを教えてあげたいな...
 気休めかもしれないけれど、少し席を外し自分の引き出しに入れてある物を持って戻り、思い切って男の子に声をかけてみた。
 「これ、やった事ある?」
 私が持って来たのは折り紙。自分もこの子と同じくらいの頃、これで元気をもらえたから少しでも気分転換になればと思った。
 こくんと頷く男の子に「じゃあ一緒にやってみない?」と緑色の折り紙を差し出すと、不思議そうにしながらも受け取ってくれた。
 私が折りたかったのは四葉のクローバー。
 四等分した折り紙を組み合わせて作るものなので、一つお手本に折って見せると真似して上手に折ってくれた。それを組み合わせるとクローバーが出来上がり、男の子は「あっ」と初めて声を出した。
 「何かわかった?」
 「うん!四葉のクローバーだ!すごい!」と無邪気な顔で笑ってくれた。
 「四葉のクローバーはね、プレゼントした人もされた人もお願い事が叶って幸せになれるんだよ。だから、お父さんにプレゼントしてあげたらきっと元気になるんじゃないかな?」
 キョトンした表情に、まだ少し難しかったかな?と不安に思ったけれど、男の子は次第に笑顔になって「うん!これパパにあげる!お姉ちゃん、もう一つ作りたい!」と言ってくれた。
 「もう一つ?いいよ!」
 「もう一つ作ってママにもあげたい!そしたらみんな幸せになるんでしょ?」
 予想外の言葉に少し驚いたけれど、その優しい気持ちに奥さんは再び涙をため、私も溢れそうになるのをグッと堪えて笑顔を作った。
 「そうだね、とっても素敵だと思うよ!何色がいい?」
 「ママが好きなピンクにする!」そう言って折り始めると、先ほどよりももっと上手にあっという間に完成した。奥さんも笑顔でそれを受け取り「パパにもあげようね」とぎゅっと息子の瑞稀くんを抱きしめていた。
 まだ山岸さんは面会できる状態ではない為、手続きを終えると二人を出口まで見送る。瑞稀くんは笑顔でバイバイと手を振ってくれ、奥さんも瑞稀くんの優しさで心が少し上を向けたようだった。

 今回の事だけでなく、この病棟に来てからは幾度となく患者さんや家族の悲しみをみた。脳の病気は事故や急性のものも多く、突然体の自由がきかなくなり日常が奪われ辛いリハビリに耐えなくてはいけなくなる事もある。
 本人はもちろん周りの人達も突然の悲しみに心がついていかなくなる事も多い。でも、その悲しみを乗り越えて前を向く為にはきっと、家族や大切な人の愛が必要なのだと思う。家族の為に早く元気になりたい、また一緒に暮らしたい、支え合いたい...その中には必ず愛がありそれが生きる原動力になっているのだと私は思う。きっと山岸さんも、瑞稀くんや奥さんの愛で前を向けるはずだ。

 「優茉ちゃん、あの子に折り紙おってあげたの?」
 「はい。瑞稀くん、とてもお母さん思いの優しい子でした」
 「そっか、きっと大丈夫ね。いい笑顔してたし」
 「そうですね」
 席に戻り天宮さんとそんな会話をしながら、やりかけだったカルテの整理を再開した。