「向いてないってどうして?」
 「ほらほら、正面突破しようとしても無理よ。ちゃんと攻め方考えなさい」
 「想像以上に壁は高そうです...でも俺高ければ高いほど燃えるたちなんで!」
 そんな話をしていたけれど、風見さんはふと腕時計に目を落とし「やばっ、もう戻らないと!お先です!」と慌ただしくトレーを持って行ってしまった。
 私達も戻る途中トイレに寄って少しメイクを直してから、持病である喘息の薬を飲む。特に今の時期は調子が悪くなりやすく、時々発作を起こす事もあるのでその薬も必ずバッグに入れて常に持ち歩くようにしていた。

 午後は入院患者さんのお迎えや手続きを繰り返し、合間に看護師さんや先生方の補助、検査に関する説明、翌日の業務確認や準備...。気がつけば大きな窓からは夕日が差しこみ、フロアがオレンジ色に染まる。ひと段落しカルテの整理をしていると、カウンター越しに影が落ちた。
 「宮野さん、悪いんだけどこの患者さんのカルテに追記しておいてもらえる?あと、昨日入院した山本さんの検査予定確認したいんだけど」そう言いながら眠気覚ましなのかミント味のタブレットを口に放り込んでいるのは、確か昨日当直だったはずの水島先生。
 「お疲れ様です、昨日は当直でしたよね?」
 「そうなんだよ、今朝急変した患者さんが落ち着かなくてね。気がつけばもうこんな時間だった。さすがに眠いしそろそろ帰るよ」そう苦笑いしながら腕を伸ばしストレッチしている彼にプリントアウトした紙を渡すと「ありがとう、宮野さんもお疲れ!」と颯爽と立ち去っていく。
 水島先生はどんなに忙しくても柔らかい雰囲気を保ったまま周囲への気遣いも忘れないとても素敵な先生だ。オペの技術も高く、彼を指名する患者さんも後を経たないそう。
 明日の業務の確認を終えると時計の針はちょうど六時を示し、私達は終業時間を迎えた。