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「俺、好きだよ。鈴木さんのこと」



目尻を下げ、満面の笑みで言う馬渕くんは、

その手を伸ばし、私の頬に触れ、顔を近づけた。














「!!!!!!!!!!」



・・・・・・夢か。






あれから1週間。


24時間バブちもとい馬渕くんのことを考え続け、ついに夢にまで出てくるようになった。

これはもう本当に魔術にかかっているとしか思えない。

よくテレビやSNSでスピリチュアルなことを言っている人を見てもにわかに信じがたいと思っていたけれど、今の私ならそれ魔術ですと言われればやっぱりそうですよね!?って声を大にして言うだろう。


魔術に侵されて死ぬかも・・・
いっそのこともうひと思いに殺してくれ・・・





「・・・はあ、起きよう」




スマホの画面をタップし時刻を確認すれば、アラームの鳴る一時間も前に起きてしまったようだ。

こんな寒い冬の朝、暖かい布団にくるまって一分一秒でも長く、ギリギリまで寝ていたいのに・・・

やっぱり私は呪われているんだ・・・






「おはよう、母さん」


「・・・おはよ」


「・・・・・・え?恵都?え??どうしたの!?体調悪いの!?!?」


「ちょっと静かにしよ、仁くん・・・」



キッチンから勢いよく振り返り、とても珍しく早起きした妹を心配して朝から大声を出すのは私の兄・仁汰。

調理師を目指すために大学に通う仁くんは、我が家の料理担当である。



そんな兄をシャットアウトして、私は洗面所へ向かい顔を洗った。

最初に出る冷水が今はちょうどいい。
ついでにスクラブとかで顔を擦り上げたい気分だよ。

タオルの顔を拭き、洗面台の鏡に映る自分とにらめっこする。


・・・こんなやつのどこがいいっていうの。

もっとかわいい子なんてたくさんいるし、もっと女の子らしくて性格のいい子なんてこの学校にはたくさんいる。

何で私???
・・・いや、そもそも私はただ遊ばれているだけなのかもしれないけど!!!


それにしても、夢の中の馬渕くんは、それはそれはすごく綺麗に笑っていた。

・・・あんな綺麗な笑顔、現実では見せてくれたことはないけどね。
むしろ意地の悪い笑みしか見たことないけど!!!



はあ・・・私は朝からなんでこんなにバブちのこと考えてるんだ。






「恵都?具合悪いの?何でそんなに朝早いの?」


リビングに戻ってすぐ、仁くんが私を心配するように声をかけてきた。

私の早起き、そんなに珍しいか。



「ううん、変な夢見ただけ」


「え!?大丈夫?何か悩んでる!?」


自分で言うのもアレだけれど、仁くんは父に似て私のことになると極度の心配性になる。
自他共に認めるシスコンというやつだ。
こんなんでこれから先結婚できるのかとこっちが心配になってしまう。

ちなみに私と同じような性格をしている母は、仁くんに任せて朝はゆっくり寝ているんだと思う。



「・・・・・・・・・大丈夫」


「え、何今の間。絶対大丈夫じゃないっしょ!」


「いや、本当に大丈夫だよ。本当にやばくなったらちゃんと言うから」


「そういう悩みはね、どんどんデトックスした方がいいよ」


「デトックスって、表現女子か」


「まあまあ、ほら座りな。これ飲んで。朝ご飯もできたから食べな」


「うう・・・ありがとう仁くん・・・」



暖かいココアと最高にいいにおいがする盛り付け完璧な朝食を用意してくれる仁くんの女子力ほしい。

私ももう少し、女子力というものを磨くべきかな・・・って、私は本当朝から何を考えているんだろう。
何のために女子力上げようとしてるんだ私は。
やばい・・・思考回路まで浸食されてる。



ていうか、こんな夢見ちゃって今日学校とか一体何の罰ゲーム?










「馬渕くん、おはよ~!」


「おはようございます、馬渕先輩!」


「・・・おはようございます」



彼は顔面偏差値も高くて人気はあるけれど、天先輩のような気さくさはないし、知らない人に対して表情がないので、


”かっこいいけどちょっと近寄りがたい”
”全然笑わない”
”仲良くなるまでに時間がかかりそう”


と言われていたりする。
私も当初は、そう思っていた人間の一人だった。

こんな風に馬渕くんに挨拶できる女勇者は、綺麗で有名な先輩だったり、かわいいで有名な後輩だったり。

自分のビジュアルに自信がありそうな女の子ばかりだった。


彼に挨拶をしたり話しかけたりできる女の子たちの存在は知っていたけど、今日ほど気になってしまった日はないだろう。


そんな女の子たちのきらきらした目を見ると、やっぱりかわいいな~と女の私でさえ見入ってしまう。

そしてそんなかわいい女の子に話しかけられても相変わらず素っ気ない馬渕くん。
そしてそんな素っ気ないはずの馬渕くんにからかわれている私。

え、私って一体何なんだ??




「鈴木さん」


「・・・」


「鈴木さん、」


ぼーっと考え事をしながら朝の英語の小テストの予習をしていたら、ふいに名前を呼ばれて顔を上げる。

私を呼んでいたのは馬渕くんだったみたいで、一瞬心臓が止まった。


「・・・え、あ、私?」


「他に誰がいるの」



さっきの素っ気ないバブちはどこへやら、へらりと笑う顔を見てドキっとしてしまった。


いや、ドキってなんだよドキって。



「鈴木さん、英語係だったよね?さっき廊下で、小テスト集めたらHRの後に職員室に持ってきてほしいこと伝えてって英語の先生に言われた」


「あ、うん。わかった。ありがとう」


「うん。・・・予習してんの?」


そう言うと馬渕くんは前の席に座って私の机を覗き込む。

あんな出来事があったここ数日、馬渕くんとは特に会話も交わしていなかったので、気まずさも相まって急に身体が強ばった。




「うん、」


「えらいね」


「ま、まあね」


「テスト範囲、どこか言ってたっけ」


「25ページから27ページの中から出すって言ってたよ」


「言ってたんだ。何も聞いてなかった」


「え、もしかして寝てたの?」


「寝てたかも」


またヘラりと笑う彼につられて笑う。思ったよりも普通に会話ができていて自分でもホッとしてはいるけど、
正直どんな顔をしておけばいいのかわからない。

だって、あんな夢見た朝ですよ?????



「俺、英語苦手なんだよね。どのあたりが出そう?」


「え~、うーん・・・このあたり中心に出ると思うよ、たぶん。あとは26ページの単語とか・・・」


「わかった。今からやるわ。ありがとう」


「っあ、うん・・・」



その笑った顔があまりにも夢に似た優しい笑顔だったから、私の瞳孔はかっ開いていたに違いないだろう。
顔が火照っていくのを感じた。あまりにも心臓に悪い、って思ってしまって。



その朝の小テストは予習の意味も全くなく、半分以上間違えていた。やっぱり罰ゲームだった。