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ある日の昼休み、突然教室の窓際から俺の耳に届いたその言葉に思わずそっちを見た。



「だからー、私の好きなタイプは勇希先輩みたいな人だってば!」


「出た~勇希先輩!」



ここに勇希先輩の後輩いるんだが。



と内心思いながらも、俺は声の主の楽しそうな表情をぼーっと眺めた。






あれは確か進級してから月日が経ち、もうぼちぼち夏休みに入るという頃の出来事だったと思う。

その大きな声の主は鈴木恵都ちゃんという名前の女の子だった。

”ケイト”という名前の女の子には今までに出会ったことが無くて、可愛らしい名前だな。と率直に思ったのが彼女の第一印象だった。



しかし彼女とは挨拶程度で、ほとんど喋ったこともない。


そんな彼女が大きな声で堂々とそんなことを言うもんだから、あの子は大丈夫なのかと若干心配にもなったが、”勇希先輩”というなかなかコアな人物を選んだこと自体が俺にとっては結構ツボで、彼女ってああ見えてなかなか面白い子なんだと思った。

そしてそれを聞く彼女の友人たちも笑いながらからかっているところを見て、彼女のキャラや立ち位置的なものもなんとなくだけど見えてきた。




俺は勉強は得意ではないしむしろ嫌いだ。英語なんて壊滅的である。


一方彼女は勉強なんか嫌いだと言いそうに見えて意外と一生懸命だし、成績も良い方だった。
運動神経も悪くない。クラスでも特別目立っているわけではないけれど、男女分け隔て無く接することができるし、よく笑う女の子である。



俺は毎日、学校へは先輩たちと曲を作ったり曲の練習をしに来ているようなものだった。

でも、毎日の楽しみが一つ増えたような気がして。


お菓子食べるの控えなきゃ、と言った次の日にうっかりお菓子を食べて友人たちにつっこまれていたり、


「お腹空いた」が口癖で、空腹で力が出ずに移動教室なんかは友人たちに引っ張ってもらってたり、休み時間に口の中にお菓子やパンをねじ込んでもらいながら、「あんためんどくさいね本当に」と友人たちは言いながらもなんだかんだ世話を焼いて、みんなからかわいがられているところもあったり、


さりげなく周りへの気配りができるところとか、
笑った顔もすごくかわいいところとか。



毎日彼女のことを観察していると、見ているだけで彼女がどんな女の子なのかがわかっていって、どんどん彼女のことが知りたいと思うようになって、彼女のことが毎日頭から離れなくなっていたし、憂鬱だった授業なんかも苦じゃなくなった。


いくら勉強が嫌いな俺でもさすがに自分の気持ちに対して鈍感ではなかったから、早い段階でこれは”恋”なんだと気が付いた。


くせっ毛なのか、ゆるくウェーブのかかった長い髪も、

黒板を見ているときの綺麗な横顔も、

細長い女の子らしい手も、
触れてみたいと思ったしできることなら誰にも触れて欲しくないなと思うようにもなった。



ただでさえ男友達も多い彼女だから、きっと人見知りで限られた友人としか接することがない俺に比べたら経験は豊富なのかも知れない。


そう考えるだけでもモヤモヤしてしまうのだから、そこそこ後には引けないところまで気持ちが進んでいるみたいだ。





毎日気持ちが加速していく中、ついに明日から夏休みに入るというところまできた。

俺はほぼ毎日のようにバンド漬けになるだろうけど、逆に彼女とは約一ヶ月もの間会えなくなってしまう。素直に寂しいと思った。


終業式が終わり、今日も部活に行こうとしたときだった。



「あ、ねえ。これ馬渕くんのだよね?」



ふいに、いつも意識して拾っていた聞き慣れた声の主が俺の名前を呼んだので振り返った。

声の主である鈴木さんの顔から手元に視線を移すと、彼女の綺麗な手のひらに俺のカバンに付けてあったはずのイヤホンケースが乗っていた。



「あ、うん。これ俺の」


「やっぱり!さっき馬渕くんが席立ったときにこっちに転がり落ちてきたの」


「え、まじ?ごめん。ありがとう。これ大事なやつ」


「どういたしまして。あ、そうだ!これあげる」



鈴木さんは制服の胸ポケットをゴソゴソと漁りだし、はい!と言ってあめ玉やビスケット、個包装のお菓子たちを俺の手のひらに乗せた。


そのポケットってそんなに入んの?
てか、なんでそんなにお菓子大量に持ってんの?って思った。



「部活、がんばってね!」



その時に触れた鈴木さんの手、俺に向けられた笑顔。

俺のそばから離れて友達の輪に戻っていく彼女の背中を見て、すぐに廊下に出た俺は顔がものすごく熱くなった。



心臓の鼓動がハイテンポになって、明日から始まる夏休みは辛くなりそうだと思ったのを覚えている。