妙に早く目が覚めてしまったフェス当日。

休みの日だというのに平日の起きる時間と変わらずに起きてきた私を、キッチンに立つ兄・仁汰はまた体調が悪いのかと朝から喚いた。
そんな兄を相手する余裕もなく、私はいつものように返事をしておいた。


念入りにメイクして、この前みわに決めてもらった服を着て、何度も鏡の前で確認して。
インスタでメイクのやり方やヘアオイルのつけ方とかも何度も見ては参考にして、何とか出かける準備ができた。
駅前でみわと合流し、一駅乗ったところで降りて目的の会場に向かった。



「…え、」


「人…やばくない!?」


何なの!?この人の多さ!!!

予想を遥かに超える人の多さに開いた口がふさがらないでいる。
そんな私の横でみわは“超楽しそう~!”とこの状況をとにかく楽しんでいる。

キッチンカーも並んでいて、私たちは匂いに釣られてそこで空腹を満たした。


入場してみると関係者エリアに通され、見通しのよさそうなところに行き着いた。
馬渕くんに見えるところにいてほしいと念入りに言われたけれど、見えるところにはすでに人がたくさん座っていた。
きっと他のアーティストさんたちの関係者もいるのだろう。

その関係者エリアの中にも、すごくきれいなお姉さん、見るからにモデルさん、同業者っぽい人…
明らかに私たちは関係者の中でもアウェーである。

馬渕くんを裏切って申し訳ないけど、私たちは中間の一番端の席に座ることにした。
端ならまあ…多少目に付きやすい場所だろうと少しばかりの期待を込めて。



フェスが始まり、とんでもない盛り上がりに私たちはとても圧倒された。
関係者エリアは比較的静かに見ている人が多かったので、私たちも落ち着いてみることができた。

ライブハウスにライブを見に行く、そもそもライブに行くっていうのが人生で初めてだったので、最初はそわそわしていたけど、単純にこの雰囲気は楽しくて、あのステージにこれから馬渕くんたちが立つんだと考えたらドキドキしてしまった。





「天くーーーーん!!!!!!!」


「蓮助~~~!!!」


「勇希―!!隼人―!!」



「恵都!次バブちたちじゃない!?」



と、聞き慣れた名前が聞こえてくると同時にステージに姿を現した4人。


歓声がすごい。何なんだこれは。

いつも学校で見ているはずの4人とは思えなかった。



うわ…馬渕くんだ………!




「やっぱめっちゃ人気じゃない!?」

「だ、だね…!」




馬渕くんたちのバンド名を聞いて、みわが動画サイトで調べたらそこそこ有名なんだということを知った。

ただこれは当日の楽しみにした方がいいから、恵都は絶対動画サイトで検索しないで!!とみわが言ったので、動画も見ず、予習もせず、私は律儀にその約束を守ってここに来ている。





英語の発音も歌声もビジュアルも素晴らしすぎる、天先輩。

乾くんは同学年の中でも目立っているので存在は知っていたけど、あんなにすごいギタリストだとは知らなかった。

勇希先輩がこの曲をすべて作っていると聞いて、激しく盛り上がるような曲でもどれも耳にすっと入ってくるくらいかっこいい曲ばかりだ。
ホントにさすがすぎる。本当に本当に、すごい方だ。


そして、馬渕くん。


一番後ろで音のすべてをコントロールしているような。

クールな表情の中にも、いつもの馬渕くんとは違う、本当にアーティストのような馬渕くんがそこにはいた。

真剣な表情で、でも自信たっぷりにドラムを叩き続ける彼は、なんだか別世界の人に見えた。



その馬渕くんの、全部が、




「……かっこよすぎるよ…、」




鳴りやまない歓声の中、何曲か披露して馬渕くんたちのステージはとうとう終わってしまった。



自分がこんな控えめな席を選んだくせに、目が合わないかな、私に気付いてくれないかな、って何度も思いを込めて視線を送ってみたけど、馬渕くんと目が合うことはなく、彼らはステージをあとにした。


みわが何度もすごかったね!かっこよかったね!!と言ってくれたけど、私は少々放心状態で、何ならちょっと感動して泣きそうだった。


しかしそれと同時に、心臓がチクチクと痛くもなった。


馬渕くんがかっこよすぎる。
それ故、観客の中にも、関係者エリアにいた前の方に座る綺麗なお姉さんやモデルさんも、どうやら馬渕くんたち目当てできた人がたくさんいた。

天先輩の人気はすごすぎるけど、馬渕くんの名前を呼んでる人も負けず劣らずたくさんいたし、呼んでる方をいちいち見てしまえば可愛らしい女の子ばかりだった。

馬渕くんの異常なかっこよさやその場の雰囲気にも、何だかもう私の心臓が持たなかった。


「…みわ、私抜けていい?」


「え、どした!?体調悪い?」


「ごめん、ちょっと外出るだけ」


「大丈夫?私ももうバブちたちの見れたから満足だし、一緒に出よ?」



みわと外に出ると、何だか急にぶわっと込み上げてきて、目からだらだらと涙があふれだした。


「恵都!?どうしたの!」


「うう゛…、」



私が馬渕くんと何もなければこんな思いもしなかっただろうし、そしてこの場にいたとしたら間違いなく勇希先輩を目で追ってキャーキャー騒いでいただろう。

なのに私はまんまと馬渕くんばかりを見ていて、こんなにも心臓をチクチクと痛めている。


フェス会場からすぐ近くにある噴水公園のベンチに座って、整理しきらない今の気持ちをみわに吐き出させてもらった。
うんうん、とみわは私の背中を優しくさすってくれて、“切ないよね”と言ってくれた。



どれだけ経ったかわからないけど、落ち着くまでみわは横にいてくれた。
少し関係ない話をしていたら私のお腹が鳴って、二人で吹き出した。


「キッチンカーまだやってるし、クレープでも食べる?」

「うん!」

「座ってなよ。私買ってきてあげるから、待ってて!」

「うん、ありがとう」




とりあえず、スマホを開いた。
馬渕くんからのメッセージは来ていない。

“すごかったよ”とか“かっこよかったよ”とか、ありきたりで単純な感想さえ送るのも躊躇する。


ステージのスポットライトじゃきっと客席の方なんて見えずらいだろうに、こんなにばっちりメイクなんかしちゃって、アホらしいな。
そもそもあんな前にかわいくて綺麗なお姉さんがいたらそっちに目がいくに決まっている。私が男なら絶対に見る。
私なんか平々凡々で可愛くもなんともないし、むしろ変なところばかり馬渕くんに晒しているようなやつだし、本当に私なんかを好いてくれているのだろうか。
なんか変なやつ、ってただ興味が沸いただけなんじゃないの…

馬渕くんのことなんかずっと前からハイスペックな人だとわかっていたのに。
私みたいなやつがこんな気持ちで触れちゃいけない人なんだと思わされてしまったような気がする。


ふう、と一人息を吐く。

吐く息が白いことに気付いて、外の寒さに腕を摩っていたところだった。



「おす」


「?……………!?!?!?!?!?!?ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ勇希先輩……!!!!」


「俺そんな“ゆ”多くねえぞ」


声を掛けられて見上げたら、わりとさっきまでステージの上にいたはずの勇希先輩が私を見下ろしていた。
何でここに!?という疑問が頭をよぎるも、寒さのあまり言葉がうまく出てこない。

あ、だからさっきあんな“ゆ”多くなっちゃったんだ……じゃなくて、普通に緊張してんねん!!!



「キミ、バブちと同じクラスの美化委員の子だよな」

「え、はい、そ、です」

「で、さっき見に来てたよな」

「えっ、どどどどうしてそれを…」

「座ってんの見えたからさ」


っしょ、と言って隣にドカッと座った勇希先輩。

この状況が信じられなさすぎて固まって動けないでいる私はもう寒さだけじゃないと思う。


私、今、勇希先輩とタイマン中だ。信じられるか。



「つーか、寒ィだろこんなところで。風邪引くぞ。唇青い」


「え」


勇希先輩は羽織っていたパーカーと、おまけにそのポケットに入っていたカイロを取り出し私に手渡してくる。


「え、そんな!勇希先輩が寒いですよ!」


「俺はさっきまで暑かったからいいんだよ、はよ着ろ」



ぶっちゃけたところ勇希先輩って無愛想だと勝手に思っていたし、仮に無愛想でもそういうところも推している。
だからこそこの優しさはイメージとは違って、本当はきゅんとする場面なんだろうけどただただ驚いている私。

すごく小さな声でありがとうございますとお礼を言い、お言葉に甘えて勇希先輩にお借りしたもので暖を取った。

わぁ…いい匂いする…あったかい…推す………


「何してんのこんなところで」


「あ~っと…いろいろ、ありまして…ゆ、勇希先輩は、何故ここに…」


「ん?ああ、外出たら見たことある子がいるなあと思って。動かないから凍死でもしてんのかと思って」


「え?!」


「ふっ、凍死は冗談だよ」


今の笑顔にはさすがにきゅんとしてしまった。勇希先輩が笑った……冗談言った……推す…


「あの…!!ライブすごかったです!語彙力なくて申し訳ないんですけど…本当にすごかったです!」


「ありがと。それ蓮助にも言ってやって」


「え、」


「キミ、蓮助のこと見に来たんだろ」


「…何でそれを、」


「ジーっと見てたもんな、あいつのこと」


「あの…ステージからそんなに見えるもんなんですか…?」


「いや見ずらいけど、端っこで微動だにしてないと逆に目に付いたっつーか」


「うわぁ…恥ずかしいです……なんか、圧倒されちゃって、」


「まあ、あいつとか天の目当ての女多いからな」



はあ、やっぱりそうだよね。間違いではなかった。
あんなにかわいくて綺麗な人がいる中、どれだけ自分が劣っているのか知らしめされた気がした。

苦しいなあ、



「…ですよね、」


「まあそんな気にすることはない」



興味があるのかないのか、はたまたすべてを知っているのか、よくわからない返事をした勇希先輩。

でも、不思議とその返事に優しさを感じたりもして。



「キミ、名前なんだっけ」


「あ、はい、鈴木です」


「下は」


「…恵都です」


「ほう、ケイト。かわいい名前」


「えっ」


「とりあえず風邪引くなよ。じゃ」


「え、あ、」



今の笑顔にはさすがにきゅんとしてしまった。
勇希先輩が笑った………推す…!!

こんなタイマンで勇希先輩とお話できるなんてこれから先の人生きっとないと思っていたことが現実となり、さらには勇希先輩の私物を身に纏い、そのお口から私の名前まで発してくださるなんて、かわいい名前とか言っていただいたりして…
凍死とキュン死により天に召されるんじゃないかと思った。
お母さん、私にこの名前をさすげてくれてありがとうね…


なんか、まだ全然苦しい気持ちだけど、
勇希先輩と話してたらちょっと元気になれた気がする。

心の中で勇希先輩にお礼を言った。


…あ、パーカー借りっぱなしだ。



私と勇希先輩のやり取りを陰から見ていたみわは、クレープ両手に私を問い詰めたのだった。